小説

若い人達に伝えたい話 by御美子

 今から約1200年前、唐(現在の中国)に白居易という人がいました。生まれた場所は田舎で、家も貧しかったのですが、5,6才の時には詩を書き始め、周囲の人々を驚かせていました。


 その頃、都で役人になるためには、科挙というとても難しい試験を受けなければなりませんでした。白居易は29才の時に、白髪が増え、歯がぼろぼろになるほど一生懸命勉強して試験に合格し、都の長安で重要な仕事をしながら、形にとらわれない詩もたくさん書きました。詩の内容は色々で、政府への批判もありましたが、誰にでも分かりやすい詩を書くことを心掛けたので、多くの人々に吟い継がれました。


 ところが、法務大臣だった時に、皇帝であった武元帝に失礼があったということで、都から遠く離れた田舎で、つまらない仕事をするように命令されました。そんな白居易を都からわざわざ訪ねてくれた友達がいました。以下の物語は都に戻る友人達を送る時の話です。


 辺りはもう暗くなっていたので、友人達は既に帰りの船に乗っていて、馬で到着した白居易も船に乗り込み、別れの宴を開いていました。そこへ何処からともなく、琵琶の音色が響いてきました。(琵琶とは東アジアの楽器で、ギターと同じく弦を弾いて音を出します)


 田舎に不似合いな美しい調べを皆が不思議に思い、
「琵琶を弾いているのはどなたですか?」
と、闇に向かって問いかけましたが、なかなか返事がありません。それでも白居易達が熱心に尋ねると、やっとのことで応えが返ってきました。応えの主である中年女性は、次のような身の上話を始めたのです。


「私は長安の出身で、小さな頃から琵琶を習い、有名な先生に付いて13才で一人前になりました。置き屋に預けられ、綺麗な着物を着せられ化粧をしてもらうと、とても美しく見えて、仲間から妬まれる程でした。貴公子達は一曲終える毎に、数えられない程の心付けをくれたものです。そうして毎日楽しく過ごしているうちに、唯一の肉親だった弟は軍隊に取られ、置き屋の姐さんも亡くなり、容色も衰えて独りぼっちになってしまいました。その後、商人と結婚しましたが、一人で舟で寝泊まりしながら、水辺を行ったり来たりして、お茶等を仕入れては売っているのです」


と、言うではありませんか。それまで、さほど気にしていなかった白居易自身の落ちぶれた状態と、今の彼女の置かれた状況が重なって、一同静かになってしまったのでした。


 女性はその後も何曲か弾きましたが、歌詞が無いことで一層聴き手の心に響き、最後に、それまでとは全く違う激しい曲を演奏し終わった後、一同感極まって泣き出してしまったのでした。


 以上が「琵琶行」と言って、白居易の代表的な感傷詩の内容の簡単な説明です。他にも楊貴妃と玄宗との悲恋をうたった「長恨歌」や晩年にまとめた「白氏文集」が有名ですが、平安時代の貴族には欠かせない教養であり、紫式部や清少納言も白居易に影響を受けたというのも興味深いと思いませんか?