童話

ギターマン by k.m.joe

ちいさな国があつまった、ちいさな世界のお話。


みんな仲良くしていましたが、ひとつの国だけがヘソ曲がり。まわりの言うことに耳を貸さず、好き勝手に行動していました。


みんなが田畑で育てた作物を奪っていきます。魚を取ろうとすると、大きな船でジャマをします。


そもそも、この人たちは、昔から、少し離れた島に追いやられていました。最近では、島から大きな船が姿をあらわすと、すぐに世界中に連絡がゆき届くようになりました。


そういったやり方は、国の代表者たちが集まる“世界議会”で決められます。議会には委員長がいます。レディ・マドンナという女性が選ばれたばかりです。


マドンナ委員長は、これまでと考え方が違っていました。なんとか離れ島の住民たちと仲良くなろうとしていたのです。


そんな折り、秘書のシンヤ・マヒルがある人物の話を持ってきました。ギターマンと呼ばれるその男は、名前のとおりギターの演奏がとても上手な人です。いちど音色を聴いた者は、とても幸せな気分になるそうです。幸福感は消え去ることなく、残りつづけるそうです。


レディ・マドンナは、離れ島の住民に彼の演奏を聴かせて平和な気持ちになってほしいと思ったのです。


ふたりは、ギターマンが住む音楽の森へとやって来ました。鳥のさえずり、動物の鳴き声、子供たちの笑い声、すべてが音楽のようでした。


「これはきっとうまくいく」気持ちもしぜんと前向きになり、ギターマンの家の扉をノックする動作まで、トトント・トン、とリズムを刻んでしまいました。


すぐにニコニコ顔のギターマンが扉を開けてくれました。


とても細い体の若者で、とんがり帽子をかぶっていました。笑顔を絶やさず、話を聞きながらもポロンポロンと、ギターをつまびいていました。


家全体がギターのような木目調で統一され、まるでギターの中に入っているような錯覚を覚えました。とても気持ちのよい錯覚でした。


レディ・マドンナの思いは伝わり、ギターマンはシンヤと共に、問題の離れ島をめざすことになりました。
島まで連れていってくれる船頭さんが、なかなかいなかったのですが、おだてに乗りやすくプライドの高いジガ爺さんが舟を出してくれました。


島が近づくにつれ、シンヤ秘書は緊張してきました。でもギターマンは、音楽の森の自分の家にいる時と変わらないようすで、ニコニコしながらギターをひいていました。


やがて島に着くとすぐに、5、6人の男性が彼らを取りかこみました。怒りや警戒というより、ロボットのように無表情でした。


みんな、彼らの姿を見るのは初めてです。ふと、シンヤ秘書が、気づきました。「こ、この人たちには耳がない・・・」たしかに、ほんらい耳のある場所がツルンとしていました。彼らは「聞く耳を持たない」のではなく、耳自体を持たなかったのです。


ジガ爺さんがつぶやきました。「ワシは聞いたおぼえがある。ヤツらの耳の代わりをしているのは鼻の穴じゃ」ジガ爺さんはこんな時でもちょっと得意そうです。


それを聞いたギターマンが、何を思ったか彼らに近づき、地べたに寝そべりました。そして得意のギターをポロリポロリ。


すると不思議です。表情のなかった男たちが、満面の笑みを浮かべはじめたのです。


ギターマンは少しずつ立ち上がっていきました。男たちは彼の動きに合わせ、首を後ろにそらせていきます。まさに、彼の演奏を鼻で聴こうとしていたのです。
シンヤ秘書は思いました。「われわれはわれわれで彼らには話が通じないと決めつけていて、彼らは彼らでイコジになっていたんだろうなあ・・・」


演奏が終わったギターマンと男たちは、旧友のように抱き合っていました。


「よーし、シンヤ、やるぞ!今からコンサートツアーだ!」ギターマンもことのほか嬉しそうです。


「ハッピーバード、手伝ってくれ!」ギターマンは空に向かって叫びました。名前からして、さぞかし美しい鳥が飛んでくるんだろうと期待していると、すごいスピードで、大きな黒い物体が飛んできました。


その姿にまたビックリ!カラスに似てまっ黒なのですが、何十倍も大きいのです。上下のクチバシは黄色く、エックス字形に交差しています。目つきも鋭くて、こわいのですが、ギターマンの説明を静かに聞いていました。


ギターマンは、口をあんぐり開けたままのジガ爺さんから長いロープを借りて、ハッピーバードの、木の幹のようなごつい足にくくりつけ、片方で、自分の両方の足首をジガ爺さんに結んでもらいました。


「よし、出発だ!シンヤ、また後で!」


ハッピーバードが、大きく羽ばたき、飛びはじめると、ギターマンは逆さづりの状態になりました。そしてそのままギターを抱えて、演奏と歌をはじめたのです。


♪音楽は耳で聴くんじゃないさ♪言葉は耳で聴くんじゃないよ♪


♪伝えようという気持ちがあれば♪聴こうという気持ちさえあれば♪


♪相手の気持ちは自分の気持ち♪自分の気持ちは相手の気持ち♪


即興の歌詞をつけ足して、地面すれすれに移動しながら歌うギターマンに、島の人たちは心奪われました。もっと聴きたいという思いから、ギターマンの後をたくさんの人がついて行きました。


シンヤ秘書とジガ爺さんは、港で出会った男性の車に乗せてもらい、後を追いかけていたのですが、あまりの人だかりの多さに思うように進めない状態でした。
逆さまになって街じゅうをねり歩くという、ふしぎなコンサートツアーは大盛況に終わりました。


さすがに、頭に血がのぼり過ぎて具合いが悪くなったギターマンは、港で出会った男性の家のベッドで休ませてもらっていました。


そこへ、この国の大統領が突然あらわれました。彼は微笑みのような苦笑いのような表情で言いました。


「ギターマン、キミは素晴らしい演奏を聴かせてくれただけでなく、われわれに貴重なメッセージをくれた。他人の喜びのために、自分の身体を犠牲にする精神。目が覚めたよ。どうもありがとう」次に、シンヤ秘書の方を向き、続けた。


「キミがレディ・マドンナの秘書だね。委員長に伝えてくれ。われわれはどんな罰でも受けると。言い訳ではないが、われわれは小さい頃から他の国と対立するように教えこまれてきた。何の疑問も感じずにいたんだ。許してくれ」
深々と頭を下げる大統領に、シンヤ秘書は、胸の中に熱いものがこみ上げてきて、返す言葉もなく、ただただ同じように頭を下げるばかりでした。


「ところで、ギターマン。もう一度演奏してくれないか?今度はわれわれがキミや他の国の人たちのために身体を張る。つごうの良い日にちと時間を教えてくれ」


ギターマンは、ひときわ嬉しそうに「今からだって大丈夫ですよ!」と元気に応えた。


2時間後、中央広場と呼ばれる、だだっ広い場所に、国中の人が集まりにぎわっていました。


高い位置にステージがあり、脇にはギターマンが控えていました。進行役がまず進み出て、元気よく右手を上げました。


それを合図に全員が逆立ちをはじめました。老人や子どもには身体を支える台が支給されていました。


国中が逆立ち。


シンヤやジガ爺さんが驚く中、ギターマンはステージに飛び出し、力いっぱいジャンプすると、思いを込めて、最初のコードをかき鳴らしました。それは今まで聴いたことのないような強さと深みを持った音になりました。


広場だけではなく世界中に聴こえたそうです。それは平和のはじまりを知らせる音でもあったのです。


(おわり)


えっ?何ですって?お題が一つ足りない?そんなバカな!


「中国」がない?いやいや、ありますあります。よく読んで下さい。最後の広場の場面で国中の人が逆立ちしたって書いてあるでしょう?「国中が逆立ち」ですよ。「国中」が逆さま・・・ふふふふふ。まあ、世界平和に免じて許して下さい。