小説

Skytree『天空の木』 by Miruba

警察が家宅捜索から引き上げていった。家の中はぐちゃぐちゃだ。
一週間前にお父さんの書斎を見せてくれ、といって会社の人が来て書類をごっそり持っていったから何もないと思うのに、警察は書斎だけではなく、隆夫の部屋や姉の知恵の部屋まで引っ繰り返していった。
何でも会社内の横領事件だとかで、経済新聞の端っこに、課長Sというイニシャルだったが、お父さんが容疑者の一人として浮かんでいると書いてあったけど、容疑者に決まっちゃったのかな。。
10日になるが、お父さんからは何の連絡もなかった。逃亡しているのか?婦人警官がざっと片付けていったが、元あったところに戻しておいてよ!と怒鳴りたくなった。
明日になったら、警察に行っている叔母ちゃんと家政婦さんが何とかしてくれるだろう。


「チー姉ちゃん。どうする?」
「さぁ」
相変わらず頼りない返事しか返ってこない。


「それより夕飯」
「よく飯食う気になるなチー姉ちゃんは。じゃ僕が作るから、作文の宿題やってくれる?」
「ん」
「あ、難しい用語は使わないでよ。この間も作文発表のとき、先生が『斉藤さんよくかけてますね。で、その文中にあった<暗中模索>ってどういう意味?』
答えられなかったからいっぺんにばれちゃった『お姉さんに書いてもらったわね?貴方のお姉さんは作文コンクールでも賞をとっているからね。このお姉さんの作文は良かったわ。
今度は、貴方の作文をもっていらっしゃい』って言われたんだぞ。赤っ恥かいた」
「ん、下手に書く」
「そういう意味じゃないだろ、ったく。ラーメンでいいか?」
「ん」


ラーメンをすすりながら、隆夫が言った。
「チー姉ちゃん。お父さんを探しに行こう。お母さんは入院していて、それでなくてもこのニュースを聞いて心配しているだろうし。
でも、お父さんが、逃げているのはきっと理由があるんだ。連絡なんか出来る訳ないよね。会社の人や警察がウロウロしているもの。」


隆夫は中学1年生12歳だもうすぐ13歳になる。知恵は14歳だが見かけは18歳くらいに見えた。中学入学一ヶ月後から登校拒否を続けていた。何も言わないので原因がわからなかったが、一日中部屋から出てこないのだ。
お母さんは心労もあって入院してしまうし、お父さんも諦めかけていたが、隆夫はきっとまた知恵は学校に行くようになると信じていた。












散々外出を渋る知恵をやっとこ引っ張って、隆夫は学校が休みの土曜日に、お父さんの会社のある池袋に向かった。
だが、当然というか、会社は土曜日は休みだった。
会社の周りをうろうろしていると警備員の人に声をかけられた。


「何か用かな?今日は休みだから月曜日にならないと誰にも会えないよ」


「あの-、僕は第二営業課課長の斉藤の家の者なんですけど」
姉の知恵が知らん顔しているので、隆夫は答えた。


「ああ、斉藤課長の。君は隆夫君だね?課長さんがきっと君が来るっていってたよ。もし君がきたらこれを渡してくれって」
警備員さんは、周りを見回して、隆夫に小さなペラペラの冊子を渡しながら「昨日出たんだ。その中のお父さんの句を見てって言ってたよ」と小声で言った。




課長さんにはいつも良くしてもらっている、きっと課長さんは無実だから。と警備員さんに慰められて、二人は嬉しくなった。
会社のすぐ近くにあるサンシャイン60ビルに入った。早く中を見たかったし、のども渇いていた。
歩く歩道に乗って、冊子のお父さんの句を見た。知恵も覗き込んだ。会社で発行している社内誌のようなものらしい。
一部の人が見る同人誌のようなものかもしれない。


「なんだこれ?」
そこには俳句のような言葉があったが「えっと・・てんくうのき?」
よく見ようと、歩く歩道を降りたところで、その冊子を取り上げられた。


「何をするんだよ!」と怒鳴ったら、この間家にも来た会社の人のようだ。


「悪いが隆夫君、これはいただいておくよ」あっという間だった。追いかけようとしたが、人ごみにすぐに見えなくなった。






「チキショーなんてこった。よく見ないうちに盗られちゃった。クソーどろぼう!」
頭を抱える隆夫には目もくれず、知恵が歩き出した。人通りの多い町で、見失わないようにするのが精一杯だ。
一時間もあちこちをめちゃくちゃ歩いて、地下街をとおり、結局またサンシャイン60に戻ってきた。


「チー姉ちゃん、いったいどこ行く気なんだよ」
知恵は答えずにエレベータに乗って59階で降り、レストランに入っていく。隆夫は驚いた「ああ!てんくうの・・きだ・・」
レストランの看板をみると【天空の庭、星のなる木】となっていた。チー姉ちゃんは歩く歩道で広告を見ていたのだろうか。


「ようこそ、いらっしゃいませ」蝶ネクタイで黒服の支配人らしき人が笑顔で迎えてくれた。


「あの、お尋ねしたいんですが。JP○○会社の人来ますか?」


「申し訳ございません。お客様のことは申し上げられないのです」


「・・ですよね。あの僕JP○○会社第二営業課課長斉藤の息子なんですけど、父はこのお店に食べにくるか聞きたかったんですが」


支配人さんは笑顔のまま、
「こちらへどうぞ」と、窓際に案内してくれた。


個室になっていた。
窓からの眺めがサイコーで東京が全部見渡せる感じだ。隆夫は思わずはしゃいでしまうほど興奮したが、姉の知恵も目を見張っている。
メニューを見るとちょっと高かったが、ジュースだけなら何とかなりそうだ。
こんなことなら、お年玉を貯金しているのをおろしてくればよかった、と隆夫は思った。


支配人さんが、フレッシュジュースを持ってきて、
「お父様がいつも、『子供たちをいつかここに連れて来たい』とおっしゃっていましたよ」と言った。


「やっぱり来たことがあるんですね」
知恵が紙に走り書きをして支配人さんに見せた。


<逢坂の 天空の木に 袖の露>


「え?チー姉ちゃん覚えていたの?さすが~」隆夫は嬉しくなった。




「これ、わかりますか?」
支配人さんはすぐに笑顔になって。壁にかかった写真を見ながら、




「この写真のことではないでしょうか?林の中や街路樹から空を見上げると、天に向かって木々が突き刺さっているように見えますよね?
これを『Tree's sky』ツリーズスカイとか、アメリカでは言う場合があるようですね。ほら東京スカイツリーってこのことから来ているかもしれませんね。いえ、これは私の想像ですが。
斉藤様はこの景色がお気に入りで、木々が自立しているようで大好きだとおっしゃっていました。人間も青空の天に向かって行くように自立しなくてはいけないとね。
そして、当店の名前にも「天空の木」の意味があるだろう。とおっしゃっていました。
ですが・・・この逢う坂というのは、大阪のことだと思いますよ。」


「私も【逢坂】は【大阪】のことだろうと思いました。昔はそう言っていたと、本で読んだことがあります」知恵がはっきりと言ったので、隆夫は驚いた。いつもボーっとした顔をしている知恵の目が輝いている。




知恵と隆夫は支配人さんに礼を言って、その足で大阪に向かった。知恵がお金を持っているというのだ。
いつも何を考えているかわからない知恵しか見たことがないので、隆夫は気味が悪いほどだった。
それでもお金を使ってしまったので、おにぎり2個とコーラしか買えず、新幹線の中で食べることにした。


新幹線に乗るときも、知恵は、電車をあちこち乗り換えるので隆夫は必死についていった。
どうやら、誰かにつけられているのをまくつもりのようだった。
大阪に着いたが、さて、どこのなにを探せばいいのかは判らない。そう隆夫は思ったが、知恵はまたも、さっさと歩く。


大阪駅北側「ルクア」と「伊勢丹」の間の屋上15Fにエレベーターで行った。
隆夫はニュースを思い出していた。「ああ、あれか」
アーチ型の看板に【天空の農園】と書いてある。


「そうか、ここにある、ツリーズスカイを探せばいいのか」


しかし、木々といってもあまりなく、野菜やイチゴなどが家庭菜園のように植わっているだけだった。
その中に、杏の木が数本あった。
二人はそれとなく木に近づいた。かがんで天を仰ぎ見ようとして、盛り土の坂になったところで隆夫は転んでしまった。


そこにまた、男たちが現れた。
「お父さんと待ち合わせかな?探しに来たのかな?」どうやらこっちは刑事のようだ。




やっぱりつけられていたのか。隆夫は、無性に腹が立ってきた。
「違います。この庭園を父が好きだと聞いたので見に来ただけです。もう帰ります」


手がかりを探したくて動こうとしない知恵を無理やり引っ張って、隆夫は駅に急いだ。もうつけられたってかまやしない。




「ター君、なんで来ちゃったの?まだ【袖の露】が見つかってないのに」
「でもね、今度こそわかっちゃったんだ【天空の木】ってなにか」


自宅に帰った隆夫は納戸にしている部屋からゲーム機とソフトを引っ張り出してきた。
「あった!!これだよ。チー姉ちゃんみて」


「なんなの?ター君」


『ミッキーのマジカルアドベンチャー1stBGM【天空の木】さ。お父さんが昔やってたゲームらしい。ホコリかぶっていたから会社の人も警察も
見なかったんだな。ラッキー。いつか、お父さんに見せてもらったことがあるんだ。あの杏の木から上を見たときにね。木を支えている添え木の枠にミッキーマウスのシールが張ってあったんだよ。」


このケースの中にミッキーマウスの人形の中に隠れたUSBメモリがあった。二人はワクワクした。
パソコンに入れたが開くにはパスワードは必要だった。


「あちゃ~これじゃわかんないや」と隆夫がいうと。
知恵が得意そうにつぶやいた。


「73DA」


「なんで?」


「だって、『袖の露』は、<なみだ>のことだもん」






お父さんは、監禁されていた。証拠を警察に見つかる前に会社に握りつぶされることを恐れて書類を隠していたのだという。経理の不正を見つけたのはお父さんのほうだったのだ。
僕がじっとしていないと思ったお父さんは、わざと伏線を張ったのだという。僕の性格をお見通しだったんだ、と隆夫は思った。






今は退職して、自分で会社を始めている。お母さんも退院して元気になった。




「ター君。関数の計算わかんないから今晩教えてね」
「えーまたかよ。その代わり、読書感想文書いてな」
「え~~~また?あんた自分で読まないと意味ないじゃん」
「いいからいいから」




朝食もそこそこに、二人は学校ヘの道を急いだ。






写真:テクノフォト高尾