小説

雨降らす大巳神 by 網焼亭田楽

むかしむかし、そのむかし。天照大御神(あまてらすおおみかみ)が、まだ現役だった頃の話でございます。
彼には強力なライバルがおりまして、その名を雨降らす大巳神(あめふらすおおみかみ)と申しておりました。
後に龍神さまとしてその名を轟かせることになるのですが、当時はまだ無名の新人でございました。
当然のごとく、この二人、仲が悪うございました。
「おい、雨降らす大巳神よ。今日は、あの旅人のマントをどちらが脱がすことができるか勝負しようじゃないか」
「そんなことなら、お安いご用だんべ」
「言っておくが、おれ様はマント脱がしで負けたことはないんだぜ。先日も、風神の奴に勝ったばかりだ。あいつが、どんなに風をピューピュー吹かせても、旅人はマントをしっかりとつかみ脱ぐことはなかった。ところが、おれ様がポカポカと太陽を照らしてやると、暑い暑いと言ってすぐに脱ぎはじめたってわけさ」
どこかで聞いたような話でございます。
「おらは、負けねえだ」
ちょっと、この神さま、東北ご出身の神さまかもしれません。
それにしても二人の神さまの風体は対象的でございまして、天照大御神はでっぷりとお腹もメタボなぽっちゃり体型なのに対し、雨降らす大巳神はひょろひょろっとスリムな体型でございます。もっとも雨降らす大巳神はヘビの化身でございますから、スリムなのは当然でございます。後に太った子供も生まれるのでございますが、その子の話はまた別の機会にさせていただきます。ええ、確か、ツチノコとかなんとか呼ばれていたと思います。
さあさあ、勝負が始まります。頃合いも良く、一人の旅人がやってまいりました。
「よし! 勝負だ、雨降らす大巳神」
「ちょっと、待ってくんろ。あの旅人、マント着てねえべ」
確かに雨降らす大巳神の言うように、その旅人はマントを脱いで手に持っています。
「弱ったなあ。これじゃ勝負にならねえや。ちょいと、マントを着てもらうように頼んで来るかな」
「いやいや、天照大御神どん、良く見てけんろ。あの旅人マスクをしてるんべ」
よく見ると、旅人はマントは脱いでおりましたが、マスクをしておりました。どうやら、この旅人、花粉症のようでございます。
「よし。じゃ、マントの代わりにマスク剥ぎといこうじゃないか。いいだろ、雨降らす大巳神」
「それがいいべ」
こうして、二人の神さまは旅人のマスク剥ぎの勝負をすることになりました。
まずは、天照大御神の先制攻撃です。手に持っている軍配のようなものを天高く差し上げました。
「そうら、ギラギラギラ。暑いだろう、暑いだろう。早く、そのマスクを取っちまいな」
容赦無く太陽の光が旅人を照りつけます。
しかし、旅人は汗をたらたら流すものの、いっこうにマスクを取ろうとはしません。
「今度はおらの番だ」
雨降らす大巳神の手にあるのは、打ち出の小槌です。
「雨よ、降ってくんろ~」
ゴロゴロゴロ、ピカピカ、ドンドン。
激しい雷鳴と共に、大雨が降って来ました。
すると、旅人は木陰に逃げ込み、なんとマスクを取ったではありませんか。旅人は花粉が舞うカンカン照りよりも、雨が降ることを願っていたようです。
「どうやら、おらの勝ちだんべ」
「どうして、どうしておれ様が負けたんだ」
「おめえの持ってるのは軍配、おらのは打ち出の小槌だんべ」
「それがどうした」
「降れば(振れば)願いがかなうべな」


おあとがよろしいようで・・・