「ん! どこだ? 」
緑の濃い香りに、俺は目が覚めた。寝ているのはベッドの上、いやハンモックだ。壁は丸太で作られている。
「まるでログハウスだな」
見た目の古臭さを思えば、むしろ丸太小屋と言った方がふさわしかった。
「それにしても、、、」
そう、俺は何をしている。ここはどこかがわからなかった。
「あら、あなた。目が覚めたの」
何だ、この女。俺のことをあなたと呼んでいる。お前にあなたと呼ばれる筋合いなど、、、あるのか、おい、どうなんだ?
「俺はどうした?」
まずは、情報収集だ。それが、俺のいつものやり方だ。って、俺は、そんなことしてきたのか。しかし、体が勝手に反応している。
「まだ、お疲れなのね。今回は大変でしたものね」
何だ、お前は何を知っている。大変だと? いったい、何をしたと言うんだ。
「ああ、少しばかり疲れたな」
ここは、話を合わせるしかあるまい。
「あなたもいい年なんだから、あまり無茶しちゃダメよ」
そうか。おれは、結構いい年なんだな。それに、無茶をしたらしい。
「そうは言っても、俺がやらなければ誰がやるんだ」
もちろん、何をやるのかなんてわかっちゃいないが、とにかく、何かをやっちまったんだろう。
「そうねえ。あなたがやらなければ、」
「俺がやらなければ、」
「・・・」
どうした、この女、何をためらっている。
「まあ、誰かがやるだけの話だな」
そうさ、世の中はたいていそうなっているんだ。
たとえば、会社の中で自分がいなくなったらこの仕事がまわらなくなると思っているやつは多い。
しかし、実際いなくなったところで、どうにもならなくなることってのはまずない。
代わりを誰かがやることになるだけさ。自分が身を犠牲にして献身的に働いていたとしても、誰かが代わりに献身的に働いてくれるか、さもなくば、自分を犠牲にしてまで献身的に働かなくても良い方法を見つけるものさ。その方が、会社的には進歩しているのではないだろうか。
つまり、あまり長い間、一人の担当者に仕事を任せ切っていてはダメだってことだ。
「あなたじゃなきゃ、ダメね。あなたにしかできないわ。もともと、あなたがやらなきゃ意味がないもの」
何だって。おいおい、たいていのことは誰か代わりがいるものだ。
会社の社長だって、国の総理だって、人が代わってもなんとかやっていけるじゃないか。
それとも何か。俺じゃなきゃできないような特殊能力でも持ってるってのか。
「おまえ、俺をかいかぶりすぎてるんじゃないか?」
「何言ってるのよ。あなたのことは、私が一番良く知ってるわよ」
何だと、そんなことはあるまい。少なくとも、俺のことを一番良く知っているのは、俺に決まっているじゃないか。いや、待て。俺は、自分の名前も知らない、年齢も知らない。血液型、アレルギー、女性の好みに至るまで、何も知らないではないか。
訂正、女性の好みは、おそらくこの目の前にいる女が、俺の好みだ。いや、今はそんなことなどどうでもいい。
「俺は、ずいぶん眠っていたのか」
このままでは主導権が、この女の手中にあるままだ。少し話題を変えて、様子を見よう。
「そうねえ。あなたが、樹海から戻って来て、もう、丸三日よ」
そうかそうか、俺のミッションは樹海の中で行われたのだな。樹海というからには富士山か。
あいにく、窓の外は霧に煙っていて、ここがどこかだかわからない。とにかく、今の手がかりは、この女の話すことだけなのだ。
もっと、詳しく聞き出せないものか。
「三日か。我ながら良く眠ったな。お前は、その間ずっと俺を看病しててくれたのか」
「当たり前じゃない。それがパートナーとしての務めよ」
「人生のパートナーか? それとも仕事のパートナーなのか?」
俺は推測しかねていた。この女は、俺のワイフなのか、それとも仕事仲間なのか。おそらくは、戸籍上の妻ではないがそれなりの関係は持っており、仕事上の協力者でもあるのではないか。
「どうしたの、急に。藤さん(フジサン)らしくないわよ」
俺の名は藤か、悪くはないな。
しかし、依然わからぬのは、俺が何をしてきたのかだ。
ええい、こうなりゃ、一か八か、乗るか降り(カオリ)るかだ。
「もしかすると、俺は何かの病いなのか?」
女の顔は急に曇った。そうか、やはりそうだったのか。こんなに記憶がないというのは、記憶喪失か、もしくは、何らかの方法で記憶を消されているためだ。
ひょっとすると、樹海の話も怪しいものだ。俺の記憶がないのをいいことに、新しい記憶を植え込もうとしているのかもしれないな。
「病いとは言えないわ。私は立派な個性だと思っているの」
何だ、このまどろっこしい言い回しは。
「でも、普通の奴から見れば、おかしいんだろう」
「ええ、まあ、変わっている方でしょうけど、おかしいわけじゃないわ」
こりゃ、相当おかしいんだろうな。
重苦しい雰囲気に、何だか外の空気が吸いたくなった。
「天気はどうなんだ?」
重い足取りで、ドアを開けてみた。
俺は空を見上げた。大粒の雨が、容赦なく俺の顔を叩きつけた。もう、額、頬、鼻び(ハナビ)っしょりである。
「ダメよ、無理しちゃ」
女の声が後ろで響いている。
すると、急に一筋の光が夜空に舞い上がった。
「何だ、何だ。閃光弾か?」
「違うわよ。今日は、打ち上げ花火の日よ。でも、この天候で、どうなるかしらね」
そうか、そうだったのか。
ドッカーン!
夜空に大輪の花が開いた。その光は俺の胸元を照らした。
「えっ! まさか! これが、俺のからだなのか・・・」
「そうなの。なのに、あなたは俺、俺って言うし、変わっているでしょ」
俺の胸元には、雨に濡れたTシャツ越しにブラジャーが透けており、そこには豊かな乳房が、、、