小説(かき氷 くも 背後)

かき氷の上のそらうみ  by  勇智真澄



今年も海の家がオープンした。
ガタン、シュッシュッジャリジャリガタッ、まるで蒸気機関車のような音を繰り返しながら、敦子は手動式アイススライサーのハンドルを廻している。ブロックを半分に割ったくらいの大きさの、半貫目の氷の塊はくるくる回り、光った透明な氷が削られて薄くなり白い綿雪になって落ちてくる。それを左手に持ったガラス容器に上手に受け止めるとサラサラしたかき氷が出来上がる。
長い柄のカンロレードルで、いくつかある瓶の一つから赤い色のシロップをすくい上げ、その上に螺旋状に注いでいく。イチゴ味の液体が蜘蛛の糸のようにスーッと伸びて一本の糸になる。敦子は赤い糸に思いを馳せた。


 7年前、32歳だった敦子は2年の結婚生活に敗れた。3つ年下の夫だった人は、自分より年下の女性を妊娠させ「俺は父親として生きていきたい」と、子供のできなかった敦子に言い残して出て行った。
夫だった人を死ぬほど好きだったかというとそうでもない気がする。もしかしたらその思いはお互いだったのかもしれない。別れることにすんなり同意したのがその証拠だ。
けれど、離婚するためのエネルギーが敦子を疲れさせていた。結婚は二人で生活を成り立たせようとする期待への勢いでできるが、離婚は出来上がった生活を壊していく失望に変わる虚しいことだ。短い時間のかかわりでも一度手にしたものを手放すことはそれなりに苦痛を伴う。空虚な、その傷心を癒すために何かしなければと考えていた。
何でもよかった。何か夢中になれるもの、現実から逃避できるもの。
習慣でスイッチを入れたままだったテレビに目を移すと真っ青な、群青色の海が輝いていた。スキューバーダイバーが熱帯魚を見つけて水中リポートをしている。吐き出す空気の泡、エアーカーテンが天井の光に向かって上昇していく。敦子の胸に絶え間なく湧き出すモヤモヤの泡が、射す光に導かれて解放されていく感じがした。
西岡秀俊に会ったのは、敦子が初めて参加した伊豆ダイビングツアーだった。一年前からダイビングを始めたという秀俊と初心者の敦子はバディーとして、二人一組になりダイビング中に一緒に行動するパートナーを組まされた。
ひとめぼれ。秀俊も敦子と同じ傷を持つ身だった。同じ環境、同じ趣味。どちらからともなくダイビング以外でも会う日が多くなった。
数か月も経たないうちに、敦子は秀俊のマンションに出入りするようになっていた。
あの日も台所に立ち食事の後片づけをしていたら、秀俊が背後からギュッと抱きしめてきて「あっちゃん、指かして」と、左の耳に肩越しにささやいた。「くすぐったいよ~」と笑いながら敦子はそのままの姿勢で肩の高さまで左手を上げた。
「こっち向いて」秀俊の声に振り向くと、敦子の小指に赤いリボンが結ばれていた。その先は、照れくさそうに差し出した秀俊の小指につながっていた。敦子は、こんな少年のような心を持ち合わせている秀俊が好きだった。


「ぼくメロン」男の子の声に敦子は再びハンドルを回し、緑色のシロップをカンロレードルで注ぐ。波打ち際ではしゃぐ男女の声が聞こえ、敦子は外に目を向けた。かき氷はエメラルドグリーンの海に溶け込み、水平線に白い雲が見えた。


 敦子が秀俊の部屋に越し、共に暮らし始めて一年になろうとしていた。もう何も起きないと思っていた人生に、それは思いがけなく訪れた。敦子33歳、秀俊36歳の夏だった。
 秀俊は勤務する会社の健康診断で肺に異常ありと、身体全部を詳細に調べることのできるPET検査を勧められた。検査予約日、秀俊は有給休暇をとり、敦子もまたパートを休み指定された病院に向かった。煙草を吸ったこともないのに、ステージ4と診断された。恐怖が後ろから追ってきた。
宣告された意味を受け止めながらの帰り道、二人は雨に濡れた新聞紙みたいにボロボロな気持ちを抱えていた
 数日間、二人は心の休まるときがないほど苦悩を作り上げていた。世の中の悲しみや苦しみが、すべて自分たちに降りかかったと悲しむ日々を過ごしていた。
「海のそばで暮らさない?」
敦子は何十年後かにイメージしていた暮らしをしたいと思った。時期を少し早くするだけだと。これまではいつも何かを追い求めて、そしてそのことで追い立てられていた気がする。秀俊と、秀俊の好きな海を眺めながらゆったりと、一日一日を大事に愛しんで生きていきたい。敦子はそう心に決めて言った。
 海の家をやる人を探している場所があると友人からの情報があった。近くには住居もあるらしい。無人にしておくより誰かに使って欲しいからと大家が格安で提供するという。
訪ねてみて即決した。小さいけれど白い外壁に青い窓枠の瀟洒な建物。まるで注文住宅のように、思い描いていた家。敦子の親が残してくれた遺産と秀俊の退職金で、贅沢を望まなければ、そんなもので追い立てられる気などさらさらなく、ただ穏やかに暮らしていける。
「さざなみ」「みさき」「しおかぜ」「はまなす」……。子供にも読めて、迷子にならないようにということなのだろうか、海の家はひらがなが多い。「海の色は空の色で変わるんだ。空はすごく高いところにあるけど、海のずっと先で繋がるんだよ」秀俊は海を眺めながらそう言い「そらうみ」と店名をつけた。
 数か月に数週間、秀俊は投薬のために病院に行く。投薬後は気だるいのだが、それも徐々に回復する。病床にいると、敦子に負担をかけている、重荷になっているのではないかと自責の念にかられ、気弱になってしまう時がある。それでも敦子の明るさに接すると、最期がくるまで敦子の笑顔を見ていたいと強くなれた。
 小さな家庭菜園を作り、収穫した野菜は「そらうみ」で販売した。きゅうりやトマトは氷水で冷やし、敦子特製のみそだれやハーブやアンチョビを使ったディップを付けてその場で食べられる。2年目にはその種類も増えていた。秀俊は疲れやすくなってきていた。
「ありがとう」か細い秀俊の声に、敦子は秀俊の手をギュッと握りしめた。その時は自然にやってきた。


 日が傾き、敦子は小さくなった氷を冷凍庫に戻した。シロップ入りの瓶が夕陽を浴びて虹色に輝いている。自分のために作ったかき氷の上に青いソーダ味のシロップで、そらうみと垂らした。シロップが綿雪を溶かし、そらうみの轍ができた。敦子の心にくっきりと刻まれた、秀俊と暮らした、短いけれど充実した軌跡の轍。
敦子はかき氷を手にし、人のいなくなった砂浜に出て大きく息を吸った。雲は夕陽に燃えてオレンジ色に染まり、海の向こうに太陽が潜っていく。秀俊が住む大きな空に、浮雲たちが自由に流れ遊んでいる。これは別れじゃない、少し離れただけ。見えなくても、いつも一緒にいる。見守っていてくれる。いつか会いに行く日が来る。敦子はその日まで、これまでのように日々を大切に生きていこうと思った。振り返ると秀俊が手造りした看板が見えた。雲型の白い板に「そらうみ」と青くペイントされた看板がかかっている。敦子はスプーンを口に運び、かき氷の味を噛みしめた。
 敦子にとっては3回目の海開きだった。