小説(三題話作品: くも かき氷 背後)

「私の話を聞いてください」by やぐちけいこ

 あの、初めまして。悟と言います。27才です。
 私の話を聞いて頂けますか?その後で感想を聞かせてほしいのです。
 あれはとても蒸し暑く座っているだけでじっとりと汗が出てくるような夏の夜でした。
 その日はいろいろと間違えたんだと思うんです。
 仕事帰りにいつもの駅で見たポスター。
 普段なら素通りしているはずなのについ目に止めてしまったのが最初の間違いでした。
 その駅の近くで行われる花火大会のポスターで日付は目に止めた日だったのです。
 帰ってもすることが無かった私は気まぐれにその花火大会に行くことにしました。
 少しだけ見てすぐ帰るつもりで。
 花火大会に行く人が駅から吐き出されていく中、人波に乗って自分も移動しました。
 花火の打ち上げ場所が近づくにつれ屋台の数も増えていき目や鼻を楽しませてくれました。


 いろいろな屋台の前を通り過ぎていくと視界に赤いものが目に入りそちらに顔を向けると10歳くらいの女の子が佇んでいたんです。真っ赤な浴衣を着た子でした。
 親とはぐれてしまった迷子かと思ったので声をかけたんです。そう、いつもならそんなこと他の誰かに任せるのに。それが二つ目の間違いでした。
 「迷子?」と一言だけその女の子に聞いてみました。
 女の子は一瞬びっくりした表情を見せましたがすぐに小さくうなずきました。
 喉が渇いているかと思い屋台でかき氷を買ってあげました。表情の少ない子でしたが喜んでいるようでした。名前を聞いたらミカと教えてくれました。
 二人で花火を見るためになるべく空いている場所を目指していると小高い場所に寺があるのを見つけたので、そこなら少しは空いているかと思いそちらに足を向けました。寺へ続く階段の両側にはお地蔵様がびっしりと並んでいました。所々に蝋燭で明かりがともされていたため暗さはそれほど気になりませんでした。気になったのはお地蔵様が並んでいた事で、何となく薄気味悪かったのを覚えています。ミカを見ると怖がる様子もなく私に警戒するわけでも無く大人しく着いてきます。
 階段を上りきり寺へ入ってみると思いの外明るくて花火を見に来たであろう人も居たことに安心しました。
 花火ですか?綺麗でしたよ。それはもう見事なものです。
 寺の住職がいつの間にか私の横に来て一緒に花火を見ていました。
 住職が私に聞くんです。
 「今日はどうしてここで花火を見ようと思いましたか?」って。
 だから答えました。
 「ここへ来る前に迷子の女の子を見つけたのでなるべく人の少ない所で花火を見ようかと思ったんですよ」と。
 「はて?その女の子というのはどの子ですかな?」と妙なことを聞いてきたんです。
 「この子です。ミカと言って赤い浴衣が似合ってますよね」と自分の後ろにいるミカを指さして答えたんですがね、どうも住職の様子が変なんです。
 「そうですか。あなたがミカをここまで連れてきた来て下さったのですね。この子は不憫なこでしてね、普通の人には見えません」
 私は何を言われているか分からなくて周りを見渡したんですが、くもの子を散らしたように人っ子一人居なくなっていたんです。
 「あなたにはミカが見えた。それはこの子にとっては幸運だったのでしょう。この子はね、3年前の花火大会の日に事故にあって亡くなったんです。お母さんに浴衣を着せてもらってはしゃぎ過ぎたのでしょう。誤って道路に出てしまったところに不運にもトラックが…。浴衣は真っ赤に染まっていたそうです。よほど楽しみにしていたのか成仏出来ずに苦しんでいる。この子の母親も悲しみのあまり体調を崩して寝たきりになってしまいました。時々空を見つめて亡くなった子どもに語り掛けていることもあるそうです」
 私はその話を聞いて背後にいるはずのミカを振り返りました。真っ赤な浴衣を来た少女は少しだけ笑っているように見えました。
 「私には普通の少女にしか見えません」と思わずつぶやいてしまいました。だってそこにいるのに、実際そこにいて私の買ったかき氷を食べてここまで一緒に歩いて来て一緒に花火も見たのに。いつの間にか私は泣いていました。悲しくて寂しくて可愛そうで。
ミカに話しかけました。
 「ミカ、君はこれからどうしたい?ずっとここに留まりたい?それとも成仏してお空へ行きたい?私は今日の事は決して忘れないよ。もし生まれ変わったら私に会いに来てくれるかい?その時はまた花火を見てかき氷を食べよう。君のお母さんも苦しんでいるよ。君を助けられなくてずっと後悔しているんだと思う。だから少しだけお母さんを楽にしてあげよう」
 心地よい読経が耳に入ってきました。
 すると今まで表情が乏しかったミカが満面の笑みを浮かべていました。
 あぁ、この子は笑うとこんなに可愛かったんだ。
 思わず抱きしめました。でも体温も無く、すぐに眩しい光に包まれてミカは消えてしまいました。
 そこまでで私はどうやら気を失ったか眠ってしまいました。
気が付いたら自分の部屋のベッドで次の朝を迎えていたのです。
 気になってミカと一緒に花火を見た寺へ行ったのですが、そこには寺なんてありませんでした。
 引き返そうと思い歩き出すと足に何か当たりました。あの日ミカに買ってあげたかき氷に付いていたストローでした。
 確かにそれが私が買った物じゃないのかもしれません。でもそれを見たときミカの笑顔が見えた気がしたのです。
 これは本当に私自身が体験したものだったのでしょうか。
 それとも夢だったのでしょうか。