小説(三題話作品: くも かき氷 背後)

ヒマラヤかき氷   by  k.m.Joe

僕がレイカさんに初めて出会ったのは会社の近くにある公園だった。全身に黒いカーテンを纏ったような格好で、まるで魔法使いか占い師のよう。顔色もどこか青白い。年齢はアラフォーぐらいだろうか。


最初、何をやっているのかよく判らなかった。右手を空中に上げせわしなく動かしている。商談が失敗し、課長への言い訳を考えながらベンチに座っていた僕は、暫く眺めていてふと閃いた。


「あ、何か計算しているんだな、あの人」そう思うと気味が悪くなり視線を逸らした。だけど、まだ帰るには早かったので、見るともなく路面電車の電停に立つ人達を眺めていた。


5分ぐらい経ったろうか、女性の方を見たら、居なくなっていた。答えが出たのかな。一人ニンマリしていると、
「私ならここにいる」背後で声がした。ビックリして振り返ると、黒ずくめの女性が満面の笑みを見せている。


「どう?ゴロゴロ13みたいでしょ」多分、ゴルゴ13の事だろうが、笑える状況じゃないし、そもそも面白くない。ここはあまり、相手を刺激しないように、笑顔で話しかけた。


「何か一生懸命計算されてたみたいですね」
「そうなのよ。やっと答えが出たところ。そうねえ、準備は一週間ぐらいかしら。あなた、興味がお有りでしたらご招待しますわ。来週同じ時間ぐらいに此処で待ってます。じゃあね」


言うだけ言ったら返事も聞かず、女性は去って行った。僕は半ば放心状態で会社に戻り、課長の仏頂面を見るまで失敗した商談の事は頭から飛んでいた。


一週間後、一方的な約束通り彼女に会い、お互いに自己紹介した後、繁華街の一つ裏の通りに連れて行かれた。小さな喫茶店ぐらいの広さの店だった。木目を生かした横看板には、墨文字で「ヒマラヤかき氷」と大きく標してある。


「さぁ、涼太君。遠慮なく入って」以前から親しかったような口ぶりについつい乗せられ、店内へ入った。レイカさんは、カウンターの向こうに立つと軽く腕捲りし、いつ氷を置いたのか少し大き目の削り器のハンドルを回し始めた。削れていく様子はカウンターで見えなかった。時間は思ったほどかからなかった。


「ハイ、出来たわよ」
僕は息を飲んだ。目の前に置かれた物がかき氷とは信じ難かったのだ。丼ほどの大きさのクリスタルの器から、真っ白くキラキラ光る氷の峰が30㎝ほどそそり立っている。更に中央やや上ぐらいに煙の輪のようなものが出来ている。


「それは雲海。食べられるのよ」僕はスプーンを先ず雲海に差し込み、口元まで引っ張ってみた。感覚はないのだが、確かにスプーンにまとわりつく。食べてみると、綿菓子をギンギンに冷やしたイメージだ。少々ベタついた甘味を感じる。本体に取り組む。スプーンは無理なく入り、意外にも冷た過ぎず氷というより雪に近い。美味しい。この量でも最後まで食べられそうだ。雲海と混ぜてもイケる。これだけの高さだと器の外にこぼしそうだが、何故か、氷の欠片は表面を転がっても麓で止まる。


「その計算が難しかったのよ」いつの間にか隣りに座ったレイカさんが楽しそうに見ていた。訳分からないが、美味いものは美味い。僕はヒマラヤかき氷の攻略に夢中になっていた。


ふと、レイカさんを見やると、両手を掲げ目をクルクルさせながら「かき氷界の世界最高峰やー」と嬉しそう。「今の、きみまろね」もちろん、彦麿呂の事だろうが、こちらは攻略に夢中だ。呆れている暇もない。と、今度は背後から、
「私、本当は殿方の背中を見ながらついて行くタイプなんですぅ」もじもじしたような姿勢で、上目遣いでこちらを見ている。キャラが読めない。「あん蜜よ、あん蜜」もしかして、壇蜜?ここまで来ると言い間違いではなくわざとだと気が付く。つくづく“冷えた雰囲気”を大切にする人なんだろう。


ヒマラヤかき氷は当たりに当たった。全国ネットのグルメ番組でも取り上げられ、彦麿呂もきみまろも来た。壇蜜とゴルゴ13は来なかったけど。大手食品メーカーが、大々的に売り出す企画を提示したが、これは自分にしか作れないから、とレイカさんは断った。


一人で切り盛りするのは大変そうに思えるが、レイカさんは余裕綽々としていた。作る時間も予想以上に速い。やっぱりレイカさんは魔法使いなのかも知れない。また、僕が行く時は不思議とあまり混んでいない。これも魔法だったのかな・・・。


その日も店はひっそりとしていた。レイカさんが珍しく難しい顔で、初対面の時のように空中で計算していた。


「レイカさん、どうかしました?」「あー、涼太君。実は新作が出来たんだけど、ちょっと不安があるのよ。そうだ、良かったら食べてみてくれない?」


目の前に出されたのはヒマラヤかき氷どころではない。大きな楕円形の器に焦げ茶色と灰色が混ざった山が広がり、中央が大きく窪み、煙がたなびいていた。中心部は僅かに赤い。


「阿蘇山かき氷よ」そう言ってレイカさんは器を回した。裏は草千里を模したのだろう、一面鮮やかな緑色だ。赤牛や馬たちが放牧され、少し大きめのくまモンが手を振っていた。


「これ、かき氷?・・・ですか」
「たぶん」
「たぶん、て」笑顔でスプーンを差し出すレイカさん。とりあえず、僕は火口の中心を突っついてみた。


その瞬間、強い揺れが襲って来た。あまりの事に、僕は椅子から転げ落ち這いつくばった。
「しまった!連動してた!」レイカさんは揺れの中でも普通に動いている。カウンター内にしゃがみ、蒼い水晶玉を取り出し阿蘇山かき氷の中に投げ込んだ。勢いよく火花が上がり、天井まで届こうかという勢いだった。器全体がガタガタ音を立て揺れ始めると、地面の揺れの方は止まった。


「涼太君!危ないよ!」レイカさんの警告とほぼ同時に、阿蘇山かき氷は大爆発し、全てが四方八方に飛び散った。二人の間に阿蘇山の残骸が降り積もり、上からくまモンがスポッと嵌まり、陽気に手を振っていた。


「あー、このドラえもんちゃんが計算ミスだったのかなぁ」この期に及んで寒々ギャグ。でも、僕は何だか分からないけど急に楽しい気分になり、大声で笑った。レイカさんも完全に天井を向き、馬鹿笑いしていた。いつまでも、いつまでも・・・。


(おわり)