小説(三題話作品:くも かき氷 背後)

夏の課外授業 by 御美子



「起立!礼!着席!」


「お早うございます。本日も宮崎N高校恒例『夏の課外授業』にようこそ。早朝から大変だけど、受験生の皆さんには寝る時間も惜しいはず。予報では午後の気温は35度を超えるそうだから朝のうちに頑張りましょう。さて、今日は前回からの続きで平安時代の女流作家の総復習ですが、朝から既に暑いので、少し涼しい話をしましょう」


「先生、怪談話ですか?」


「残念ですが、違います」


「教科書の『枕草子』第三十九段『あてなるもの』を開いてください。日高さん、読んでみて」


「薄色に白襲(しらがさね)の汗衫(かざみ) 雁の子 削り氷(けつりひ)に甘葛(あまづら)入れて新しい鋺(かなまり)に入れたる 水晶の数珠、藤の花、梅の花に雪ふりかかりたる いみじううつくしき児(ちご)の、いちごなど食ひたる」


「どう、少し涼しくなってきたでしょう」


「先生、『白襲(しらがさね)の汗衫(かざみ)』って何ですか?」


「平安時代、汗取りの為に着物の下に着たものよ」


「それじゃあ『削り氷(けつりひ)』は、何ですか?」


「今で言えば、かき氷のことね」


「何となく涼しくなってきましたが、他のものも涼しいものですか?」


「いい質問ね。実はこの段では『涼しいもの』ではなく『上品なもの』について書かれているのよ」


「さて、本論に入るけど、清少納言のライバルと言ったら誰だっけ?」


「紫式部です」


「その通りよ。百人一首の中の彼女の歌を言える人」


「『めぐり逢ひて 見しや それとも わかぬ間に 雲かくれにし 夜半の月かな』です」


「よく覚えてたわね、岩切君」


「清少納言の歌と比較してみましょう。暗記してる人」


「『夜をこめて 鳥の空音は謀(はか)るとも よに逢坂の関は許さじ』です」


「さすがね、蛯原さん」


「紫式部のは恋人が会ったか会わなかったかのうちに帰るのを非難する歌で清少納言のも下手な言い訳をしてそそくさと帰ってしまった恋人への嫌味。二人は当時の男性達の間でかなり話題にはなっていたものの頭脳が明晰すぎて怖がられていたのかも知れないわね」


「二人は実際に会って話をしたことがあるんですか?」


「面識はなかったそうだけど、お互いの存在を意識していた節はあるわ。清少納言は『枕草子』の中で紫式部の亡き夫のことについて書いているし『紫式部日記』には清少納言の悪口が書いてあるわ」


「二人の接点は何だったんですか?」


「二人とも一条天皇の中宮に仕えた女房だったの。清少納言は最初の中宮藤原定子に、紫式部は二人目の中宮藤原彰子に仕えたのよ」


「同じ藤原姓ですけど、姉妹ですか?」


「いいえ、二人は従姉妹(いとこ)同士で。定子の父は藤原道隆、彰子の父は藤原道長なのよ」


「二人の力関係はどうだったんですか?」


「最初は長男の道隆が権力を握っていたのだけれども、彼が43歳で病死してからは5男の道長が権力を握り藤原氏の摂関政治は最盛期を迎えるのよ。藤原道長の有名な和歌を覚えている人」


「『この世をば わが世とぞ思う望月の かけたることも なしと思えば』です」


「すばらしいわ、串間君」


「こんな風に背後の人間関係を調べてみると古典が身近になってくるでしょう?今日の授業はここまでです。このあとの授業も頑張ってくださいね」


「起立!礼!ありがとうございました!」