小説(三題話作品: ひつじ 雪 ◆流行語◆)

初夢製造機 by 夢野来人

ちょっと、皆さま聞いてください。不幸な男のお話を。
昔から、夢占いというものがありまして、中でも新年に見る初夢で縁起の良いものが出てくると、その一年は幸せな年になると言われています。
縁起の良い夢と言えば、皆さまご存知の「一富士二鷹三茄子」ですね。
初夢で富士山でも出てこようものなら、大喜び。そこに鷹でも飛んでいようものなら、二度びっくり。その鷹が茄子でも加えていようものなら、そりゃあもう、ひっくり返っちまいそうです。


ここに一人の男がおりました。この男、自分のことを運が無い不幸な奴だと思っておりました。


「ああ。世の中に、俺ほど不幸な人間はいるのだろうか。それもこれも、運の無さが原因なんだ。思えば、高校受験の時から俺の運勢は悪い方へ悪い方へと傾いていったんだ」
この男が高校受験の時には学校群制度というものがあって、2校がセットになっている群を受験し、どちらの高校に入学できるかは運次第みたいなところがありました。
学校間の格差を無くそうという試みだったので、学力の高い高校はそうではない高校とグループを組まされていました。
この男、見事受験には合格したのですが、入学できたのは、そうではない高校だったようです。
「あれが、そもそものケチのつけ始めだな」
男は、それを自分の運の無さだと思ったのでした。
でも、皆さま、考えてもみてください。受験に合格して、運が悪いものなんでしょうか。
「それから、早すぎる結婚。これも失敗だったな」
男は大学卒業とともに結婚をし、翌年には子ども生まれました。
今のご時世ならば、結婚などしたくてもできない人は大勢いますし、子どもだって欲しくても授からない人だっているんです。
「就職も失敗したなあ。車のセールスなんて、土台、俺には向いていなかったんだ」
男の初仕事はセールスマンでした。しかし、自分には向いていないと言い、その後も転々と職を変え、一度は独立を目指したものの、それも上手くはいきませんでした。
「本当に俺は運が悪いんだな。何をやっても上手くいかない。学校運も悪かった。仕事運も悪いし、嫁さん運もない」
嫁さん運の悪さはここでは申しませんが、まあ、とにかくそうではない方の嫁さんだったようです。
それでも、男は食べ物が食べれないわけではなく、着るものがないわけでもなく、住むところがないわけでもありません。しかも、家庭まである。いったい、どこが運が悪いというのでしょうか。
「だいたい戌年(いぬどし)生まれってのが良くないな。なんだか、運がなさそうだ」
これはこれはまた、とんでも無いところに八つ当たりです。生まれ年に運の良いも悪いもないのではないでしょうか。
「戌年生まれじゃ、大金持ちにはなれない」
何とも非論理的な考えです。それに、この男の幸せとは、どうやら大金持ちになることのようです。


「大金持ちになるためには、やはり未年(ひつじどし)に生まれなくちゃならなかったな」
ほとんど意味がわかりませんが、もう少し話を聞いてみることにしましょう。
「未年生まれならば、何もしなくとも、お札が転がりんで来るだろう」
とてもそうは思えませんが、この男、少々妄想癖があるようです。
「でも、嫁さんは未年の人じゃダメだ。いくら札束を持ち帰っても、どんどん喰われちまうからな」
未年は金回りが良いのか、金使いが荒いのか、いったいどちらだというのでしょうか。
そんな男が、ある事を考えました。
「俺の運の悪さは、きっとあれだな。夢のせいなんだろうな」
夢のせいとは、いったい何でしょうか。清く正しい夢を持っていないのがいけないということでしょうか。確かに、この男には崇高な理念などは感じませんが。
「縁起の良い夢を見ないのがいけないんだ。だから、運が悪いんだな」
これはまた、お得意の乱暴な結論ではありませんか。
「であるなら、縁起の良い夢を見ればいいわけだ」
その結論からいけばそうなるのかもしれませんが。
「後は、どうやって縁起の良い夢を見るかってことだけだな」
後はってことは、先には何かあったのでしょうか。
「どうせなら初夢だ。初夢で縁起の良い夢を見ることができれば、俺の人生は激変するのだ。そのためには、そうだなあ。初夢製造機を作ればいいんだ」
いいんだって言われましても、めちゃくちゃな結論からの推理ですから、目標も現実離れしたものになるのは仕方ありません。
しかし、初夢製造機とはいかなるものか、少し気にならないでもありません。
「原理は簡単だ。寝る前に、見たい夢のエッセンスを枕元に置いておく。すると、寝ている間にそのエッセンスが作用して見たい夢が見られるって寸法だ」
そんな簡単なもので良いのでしょうか。
「あとは、エッセンスを何にするか選ぶだけだ」
だから、後の前に先はそれで良かったのでしょうか。
「目指すは、一富士二鷹三茄子」
なるほど、また欲張りな夢ですね。
「用意するエッセンスは、富士山には雪、鷹には爪、茄子はスーパーに行けば売っているだろう」
おやおや、この辺に雪はなかなか降りませんよ。それに爪ってなんでしょう。
「雪の代わりにかき氷を作ろう。爪は唐辛子があれば十分だな。ああそうさ、鷹の爪だ。茄子は年中売っているから心配ないな」
そんなもので、本当に縁起の良い夢が見れるのでしょうか。


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『どうだ。上手く書けているのか』
『ええ、まずまずよ。今度、三題話の募集をしているから応募しようと思ってるのよ』
『ほお、どんなお題なんだい』
『富士、鷹、なすよ』
『へえ、面白そうじゃないか。どれどれ、ちょっと見せてみな』
『ダメよ、ダメダメ。あなたのことを題材にしてるんだから』
『それなら、なおさら見たいなあ。まさか、また俺が運の悪い男で、変な発明でもしてるってストーリーじゃないだろうなあ』
『ぎくっ』
『あはは。やっぱり、そんなことだろうと思ったよ。でも、いつも運が悪いと言っているのもキミだし、発明に憧れて空想癖があるのもキミの方じゃないか(笑)』
『いいのよ、小説なんだから。小説の中でぐらい、勝手にさせてもらってもいいでしょ。まったく、亭主運も悪かったわ』


奥方は旦那さまに見透かされて、半ばご機嫌斜めのようです。
良く見るとなかなか愛嬌のあるお顔をされているのですけどね。
その富士額(ふじびたい)の下で輝く可愛いお目々も、この時ばかりは鷹のような目つきに変わっております。
作り話の世界ならいざ知らず、やはり、人間ありのまま、なすがままに生きるのが良いのではありませんかね。


《了》