Mirubaの カクテル小説 辞典

 

ファーストカクテルのメモリー by Miruba
[American Lemonade]

洋子は出張のため空港に向かった。
相手先とのアポは2日後だったがどうやら季節はずれの春台風が近づいているらしく、空が荒れそうだというので早めに出ることにしたのだ。
 
担当者のミスで一旦は拗れた商談を、取引先の社長と同じ地方出身の洋子が出向いて平身低頭し、やっとこぎつけた大口の契約なのだ。天気などで邪魔されたくない。
 
新幹線にすればいいのだが、安い航空券なので「差額は払ってくださいね」などと経理課の女の子に釘を刺されている。
バブルの頃はビジネスにだって乗れたものをコスト削減で切り詰められている。
 
「それでなくともホテル代が二泊分ですから」と、まるで洋子が遊びにでも行くように咎める雰囲気だ。
 
仕事なのよ、と喉まで出掛かるが、反論でもしようものなら二言目にはパワハラだといって直ぐに辞めると言い出し、こっちが酷い目に遭うので、若いお嬢様の言う通りにする。
 
 
飛行機は揺れず快適だった。
チェックインを済ませて軽く外で食事をしたがホテルに戻ってもすることが無い。
 
「経理の彼女がぐずぐず言うのも一理あるということかしらね」洋子はショーウインドウに写る自分に話しかけた。
 
_映画はこの間見ちゃったし、ライブハウスは賑やかだろうな_と思う。
 
洋子は飲めないのでデパートがしまってしまうと夜の繁華街の散歩も疲れる。
総合職なので当然営業のときは飲まされる事もあり、洋子も昔は苦労してきた。
だが、最近の風潮で無理強いはしないお客様も増えて来たし、運転をする、といえばノンアルコールビールで十分対応できる。
 
「そうだ、あのピアノバーまだあるのかしら」
 
記憶をたどり駅裏の道を右に左に歩いてみた。
 
店名も定かではないのでスマホで検索も出来ない。
 
「確かこの道だったような・・あ、あれかも」
 
洋子は、恐る恐る扉を開けた。まだ客はおらず、静かなBGMが流れている。
カウンターは10席ほどしかないが、プランターに囲まれたテーブル席がいくつもあって、中は意外に広かった。
真ん中あたりにこじんまりとしたステージがあってピアノやギターがおいてある。
 
「いらっしゃいませ」
 
サービスの女性がテーブル席に案内しようとするのを断って洋子はカウンターに近づいた。
高い止まり木ではなく肘掛もついたゆったりした椅子だ。_そうそう、この椅子だったわ_洋子はつぶやく。
 
 
カウンターで出迎えた年配のバーテンダーが洋子の座るのを待っているようだった。
軽く頭を下げながら「お久しぶりでございます」と言うのだ。
 
「え? どなたかとお間違えでは? 私7、8年ほど前に一度伺ったきりですが」
「はい、8年前の今頃でございましたね。今日もアメリカンレモネードになさいますか?」
 
 
洋子は言葉が出なかった。
アルコールの弱い洋子に「これなら軽いから大丈夫」といって彼が薦めてくれた、初めて飲んだカクテルだった。
 
「お連れ様はお元気でいらっしゃいましょうか、最近お見えになりませんが。
種明かしをいたしますと、お客様のお写真を何度か拝見させていただいていたので今日も直ぐに気がついたのです」
 
「え? 彼こちらに伺っていたのですか?」
「これは私としたことが、失礼しました。余計なことを申し上げてしまいましたか」
「いえ、彼は・・・彼、2年前に亡くなりました。」
 
「それは・・・・」
 
ピアノの生演奏が始まって、バーテンダーの言葉がかき消された。
 

 
流れてきた曲はプレスリーの<好きにならずにいられない>
 
「お連れ様はこの曲がお好きで何度もリクエストなさっていらっしゃいました」
 
アメリカンレモネードの入ったグラスを洋子の目の前にコースターごと滑らせながら置いて、バーテンダーが懐かしそうに言った。
 
_そう、あの人は何時もこの歌を口ずさんでいた_洋子はこみ上げてくる思いを飲み込んだ。
 
お互いに再婚同士だった。
 
あの晩も、たまたま旅行に来ていて探し出したこの店で、洋子へのプレゼントだと言って弾き語りのピアニストにリクエストしてくれたのだ。
洋子の手の上に乗せた大きな彼の手の温かみを感じるような気さえする。
 
酒の大好きな人だった。
 
飲みすぎがたたって肝臓を悪くしそれでも付き合いの酒を浴びるほど飲んで、あっという間に死んでしまった。
 
酒が付き合いには大切だと言う彼と、酒だけが営業の道具ではないと訴えるアルコールに弱い洋子とは常に小さなケンカが絶えなかった。
お互いの仕事が忙しくすれ違いをいいことに、彼の行動を気にも留めなかった自分が許せない。
 
 
「いつか貴女様を連れてくるからとおっしゃってくださっていました。今日はお連れ様が呼び寄せてくださったのですね」
 
_そうだった_と洋子は思い出した。
 
飲めないから、と何時も聞き流していたが、確かに「いつかあの街のピアノバーにもう一度行こうよ」そう彼が言っていたのだ。
 
 
「ごめんね。もう一度一緒に来てあげたら良かったわね」
 
ピアノの演奏を嬉しそうに聴いていた彼を思い出していた。
 
洋子はこみ上げてくる涙とともに、アメリカン・レモネードを飲み干したのだった。
 

 

アメリカン・レモネード [American Lemonado]
 


▶【ワインベース】
アルコール度数が低く、お酒に弱い人でも楽しめるカクテル。
赤ワインとレモネードを2層にした色合いが美しい。レモンジュースの甘みと酸味が加わった味は、飲みやすく特に女性におすすめ。
 
▶レシピ
赤ワイン・・・・・30ml
レモンジュース・・・20ml
シュガーシロップ・・10ml
ミネラルウォーター適量
 
レモンジュースにシュガーシロップを入れてグラスへ。溶かし氷を入れて、冷やしたミネラルウォーターを注ぐ。
その上に冷やした赤ワインを混ざらないように静かに注ぎ入れる。