Mirubaの カクテル小説 辞典

 

青春への決別 by Miruba
[FLAMINGO LADY]

差出人の無い、ほんのり薄紫の封筒が郵便受けに入っていました。玄関に入りながら封の端を少しずつ破って中身を取り出します。何故かペーパーナイフで切るのももどかしい気がしたのです。
 
「元気ですか? すっかりご無沙汰しています」
 
やはり、あの人の字でした。
 
先日メールを送ったばかりでしたので、「手紙を書くくらいならメールの返事をしなさいよね」と、このところ返信が無かったので心配した分、物言わぬ手紙にブツブツと文句を言いました。
 
半年ほど前に、偶然知ったあの人の勤め先のブログに、挨拶のメールを入れました。
来週入院するんだ、というメールの返信を受け取りました。
 
別れてから一度もあったことのないあの人。
 
いえ、一度だけホテルのバーラウンジのカウンターでシェーカーを振るあの人を偶然見かけたことがありました。
その時は当時付き合っていた恋人と一緒だったので、気が付かないふりをしたのです。
 
でも、あの人からカクテルのサービスが運ばれてきました。
「初めてのご婦人へのサービスです」とボーイはまことしやかに言い、私の相手は「ラッキーだったね」と気が付かないようでしたが、うそのサービスであることを、私は判っていました。
そのカクテルの名は「フラミンゴレディー」。
 
バーテンダーだったあの人が私に最初に作ってくれたのも、フラミンゴレディーだったのです。
 
君の恋は一本足で立つフラミンゴのように不安定でいて、なのにしっかり大地に根付いているようだ。
素敵なレディーになれるように、このカクテルを贈るよ。
なんか、意味のよくわからない、そんなようなことをささやいていましたっけ。
 
背が高く美しく整った顔をしていました。
女性のようなしなやかな指がシェーカーを自在に操るのです。
その姿に女性ファンは多かったと思います。
私もその一人でした。
激戦から勝ち取った恋だったはずなのに・・・
何がいけなかったのでしょうか。
3年ほど一緒に暮らしましたが、結局私はあの人のもとにはいられませんでした。
 
 
偶然、来週入院するという時に連絡が取れたので、「来なくていい」と断られたのですが、強引に自宅アパートの住所も聞き出して、押し掛けました。
 
昔から掃除好きのあの人の部屋は、男の一人暮らしの割にはこざっぱりとしています。
それでも台所やトイレなど、手の廻らなそうなところをちょっと掃除しました。
 
「やめろよ。やめてくれ・・・そんなことしなくていいから、そばに来てお茶でも飲んでくれよ」
 
微熱があるからか少し震える手で、昔から大好きなダージリンを入れてくれました。
すぐに疲れるようで、ベットに横たわるあの人。
端正な顔立ちに年輪が刻まれ、すっかりロマンスグレーになった髪に、櫛を入れてあげました。
よせよ、と手で払いながらも、私をじっと見つめていました。
「君はフラミンゴレディーが似合う女性になったね」
 
「あらそ? また作ってね。なんか掃除したら疲れた、横に寝かせて」
 
私は布団の上から横たわり、あの人の腕の中に納まりました。
相変わらず細く長い指を持った女性の手の様でした。
その手で私の髪を触り、私の手を握りました。
少し泣きそうになるのを見られるのが嫌だったのでしょう。
「そろそろ帰れよ」とわざとつっけんどんに言うのでした。
 
荷物が端っこにまとめてあり、シーツが掛けてあります。
どうするのかと聞いたら、すべて処分するのだというのです。
 
「もう、何もいらないんだ。入院はするけれど手術はしない。俺、ホスピスに行くよ」
 
肺ガンだという事でした。
タバコは吸わないのにタバコを吸った人と同じように肺が真っ黒だったようで。
仕事柄、副流煙を吸い続けてきたからでしょう。恐ろしいことだと思いました。
 
症状が現われず、咳もほとんど出なかったので気が付くのが遅れ、病院に行ったときはすでにステージⅣ。
それでも手術すれば一年は生きられると診断されたとのこと。
 
「生きてくれない?」
 
無理とわかって私は頼んでみました。
 
「一年だけ側にいさせてくれない?」
 
あの人は力なく首を振りました。
 
入院も手伝いたかったのですが、お兄さんが来るから大丈夫だというので私は帰りました。
なんであの時もう少し頑張らなかったのだろう。
わがままをもっと通せば聞いてくれたかもしれなかった。
 
仕事が忙しく動けなかった私はでも頻繁にメールをしました。
 
ある時メールの返信がないので、携帯に電話をしました。
何度鳴らしても出ないのです。
5回目にやっと出ました。
「・・・いい加減にしてくれ。俺は眠いんだよ」
「何よ、着信に気が付いてるんじゃない。心配してやってるのに、もういい」
 
何をしているのだ私は、相手は病人じゃないか。
ついつい、若いころの恋に戻ってしまうのでした。
しかたなくうるさくない程度にメールを送っていたのです。
返信は3回に一回はきましたが、それも徐々に間遠くなり、言葉も短くなりました。
 
 
 
薄紫の封筒が私の手からすり抜けひらひらと床に落ちていきました。
 
「・・・君とのメールのやり取り、短い間だったけれど楽しかった。・・・君が折角掃除をしてくれているのに、やめろといったり、折角電話をくれたのに、いい加減にしろと言ったり、俺は自分がどれほどのわがままな男なのか、若いとき、なんで君が出て行ったのか、つくづく思い知らされた気がした。
 
わがままな俺と付き合ってくれてありがとう。
来世でも、またきっと俺と付き合ってくれ。
 
そして電話の時は、本当にごめんな・・・」
 
私はいてもたってもいられず電話をしました。
 
「はい」
思いもかけず女性の声でした。
「あの・・・すみません、間違ったようです」
「いえ、この電話でいいのです。息子は、3ヶ月前に亡くなりました」
「え?!」
「あなたからのメールが届くから、携帯は一年間解約しないでくれと、息子に言われました」
 
死んでからも私と縁でつながっていたいから、時々返信をしてやってくれとあの人はお兄さんに頼んでいたそうです。
でも、お兄さんは私の心情を思い、返信が出来なくなっていたらしいのです。
そして、一年後に郵送してほしいと言われたあの人の手紙を、送ってしまったとのことでした。
 
「ごめんなさいね。騙したようで。でも、あの子の思いを受け取ってやってくれませんか」
 
電話の向こうのお母さんの声が震えていました。
 
覚悟はしていたのです。
でも、寂寥が私の心を押しつぶす。
 
いつか偶然再会したホテルのバーラウンジに行きました。
ホテルの名前は変わっていましたが、ラウンジは模様替えしてまだありました。
 
<・・・最後に謝らせてしまって私こそごめんね。そのうち私もそちらに行くからね、待っててね。>
 
天国のあの人に伝わると信じて、まだ繋がっているあの人の携帯に、長いメールを打ちました。
 
あの人との想い出のカクテル、フラミンゴレディーを飲みながら。
 
 

フラミンゴレディー [FLAMINGO LADY]

 


▶︎【ウォッカベース】
作者は中村 健太郎氏。1994年、サントリー・ザ・カクテルコンペティション・リキュール部門、準優勝のカクテルです。足の長いグラスにほんのり赤みが映えます。グレナデンでスノースタイル(縁に塩や砂糖をつける)にするところなどなかなかおしゃれ。コーラルスタイル(グラスの内縁3〜4センチほどに、珊瑚のように砂糖や塩をつける方法)にする場合もあるようです。ドレスアップしたときに飲みたい一杯。

▶︎レシピ
ウォッカ・・・・・・・・20ml
ピーチ・リキュール・・・20ml
パイナップルジュース・・20ml
レモンジュース・・・・・10ml
グレナデンシロップ・・・1tsp

サワーグラスの縁をグレナデンシロップで濡らし、砂糖または塩をまぶして、スノースタイルにする。材料をシェイクしてグラスに注ぎ、レモンスライスで飾る。