小説(三題話作品: リゾート こい ホルモン)
路地裏には不思議なお店があるらしい
by やぐちけいこ
確かこの辺りだと思ったけれど違ったかな。
私は現在、数日前偶然見つけ、占いをしてくれたおばあさんのお店を探している。
あの噂はどうやら本当らしい。
――よく当たる占いのおばあさんの店がこの町の路地裏のどこかにあるのだが探しても誰もがその店を見つけられるわけじゃ無い。例えその店で占ってもらって次に同じ場所を訪れても何故か見つけられないと言う不思議な店らしい――
私は別に占ってもらいたいことがあった訳じゃなかった。
引っ越して間もない私は散歩がてらの町探検だった。横にそれる細い路地の前を通り過ぎようとした時、にゃあという猫の鳴き声を聞いた。
声の方を見ると真っ白な綺麗な猫がちょこんと座っているのが見えた。
自分も小さいころ猫が家にいたような記憶がある。かなり可愛がっていたみたいなのにその記憶が薄ぼんやりとしか無いのが悔しい。母親からはよく薄情な子だねえと言われる。そんなことを思い出しながら白猫をじっと見ていると、路地の奥へを歩いて行ってしまった。
追いかけようかどうしようかと悩んでいると白猫が振り返り「こっちへこいこい」と訴えているように思えたので他に用事も無いし、この路地がどこに繋がっているのか知りたくて、ついていく事にした。
白猫は一軒の店の前で止まりドアをガリガリと引っかき始めた。
今時珍しい木製のドアで良く見ると何度も爪とぎをした後が残っている。入りたいのだろうと思い、ドアを開けてやるとカランカランと軽やかなカウベルの音がした。
「いらっしゃい。少し話をしていかないかい?」と妙に人を安心させるちょっと低い声のおばあさんがテーブルを挟んだ向こう側にニコニコと笑って座っていた。
懐かしい香りが一瞬脳裏に走り消えた瞬間、何故か涙がとめども無く溢れ止まらなかった。そのまま吸い込まれるように店の中に入り、勧められる椅子に座り、そして膝に温かいものが乗った。下を見るとさっきの白猫が膝の上に乗ってきたのだ。背中をなでてやっているとだんだん落ち着いて来て、急に泣いたことが恥ずかしくなりおばあさんに謝った。
「良いんだよ。その感情はとてもあんたに大切な思いの塊。だけどかわいそうに所々欠けてしまっているようだね。あんたの膝にもう一匹の猫が見えるよ。小さな弱弱しい子猫だね。小さいころどこかリゾート地に行って猫を拾わなかったかい?」
行った。確かに夏は毎年家族で海に一泊二日で出かけていた。ただそこで猫を拾ったかは覚えていない。自分だけが覚えていないだけできっと猫を保護したのだろう。
「あまり覚えていないようだね。だけどそれはあんたのせいじゃないから安心おし。そうだねえ、まだ時期尚早な感じだ。数年後またあたしの店に来ると良い。その時記憶のピースが嵌るよ。だけどそれは今じゃない。それまで、しっかりと健康的な生活をして健全な精神を養う事だ。そうすればまたあたしの店を見つけられるよ。でもせっかく今日ここへ来たんだ。一つだけ教えてあげようかね。あんたに拾われた子猫はね、あんたのことが大好きでとても感謝してるってことだ。それだけは知っておいておやり。その子猫のために」
不思議な言葉を聞いていると膝に小さな温かみがもう一つ増えたような気がした。自分より高い体温。それがとても愛おしくてそこに手を置いた。ふわっとしたものに触れたと思った瞬間すぐに消えてしまった。
やっぱり自分は小さいころ猫を飼っていたのだ。それが事実として自分の中にストンと落ちてきた。
私はおばあさんに促され席を立った。同時に白猫がトンと床に下りた音を聞く。おばあさんがドアを開けてくれたので外へ一歩踏み出した。
途端、セミの声が耳を貫く。
現実が襲い掛かってくる恐怖感に見舞われた。
「あんたなら大丈夫。帰り道は分かるかい? あそこに見えるホルモン焼きの看板を目指すと近道だから」と背中をポンと軽く押された。
数歩歩いて後ろを振り向くと来た時と同じ木製のドアが閉められるところだった。
世界が眩しい。心が軽い。スキップをしたくなるほど気分も良い。帰宅してから気がついた。私は一言もしゃべっていない。お礼も言えていなかった。
後日お礼だけでも言おうとお店を探して路地に入ってみたがそこに木製のドアも店も無かった。
数年後と、おばあさんは言っていた。今の私はきっと未熟なんだろう。おばあさんに再び会える日を目標にして毎日を過ごそうと思ったら、小さな希望が見えたような気がしてこんな自分でも生きていいんだ、笑っていいんだと思えた。
たぶんここに木製のドアがあっただろう場所に向かって「ありがとうございました」と頭をさげてそこを後にした。
「あんたなら大丈夫」というおばあさんの声を頭の中で何度も何度も再生した。
そう、私なら大丈夫。そう思ってこれからも過ごしていこう。