小説(三題話作品: リゾート こい ホルモン)

沙織のマインド by Miruba

沙織の両親は沙織が10才の時に離婚した。
母親の不倫が原因とされ親権は船員だった父親になった。
 
父親は厳しい人で、だから母親も息苦しかったのではないかと長じては沙織も母の心を思ったが、沙織自身も口答えは許されず、思ったことも口に出来ないまま30になってしまった。
つい父親の顔色を伺ってしまうのだ。
 
何か答えを求められても、父親が思う事と反対の意見を言えば怒鳴るので、はっきりとした意思表示が出来ず黙って下を向くことになる。
すると父親はまたイライラとしてさらに大声を張り上げ、「はっきりしろ」と沙織を威嚇するのだった。
 
 
新幹線で3時間も離れたリゾート地として有名な避寒避暑地に住む母親のもとへ何度行ってしまおうかと考えたが、母親には新しい家庭があった。
「もし来たかったらおいで」と言われたこともあるのだが、結局父親を置いては家を出て行くことが出来なかった。
嫌だいやだと思いながら、父親からの束縛がトラウマになっているのかもしれなかった。
 
そんな沙織が恋をした。
同じ年の晃といって職場がビルの隣同士だった。
 
 
だが沙織は父親には言えなかった。
おとなしい沙織は男性には好かれた。
その度に父親の逆鱗に触れ、男が言い寄るのは沙織が色気を出すからだという理不尽な言い方をした。
「なんだそのスカートは! 女性ホルモン出しやがって!」と言う。
_それってフェロモンの間違い_と吹き出したくなったりしたが、笑ったら最後どんなお仕置きが待っているか知れず、笑いをこらえ顔を伏せてしまってまた怒鳴られる。
最後には相手の家に電話をして「二度と沙織に近づくな」と脅すので、相手が逃げてしまうのだった。
 
今度も恋を壊される・・・そう思うと、なかなか言えずにいたのだ。
しかし今回は沙織はなんとしても晃と結婚したかった。
夏休みを利用して父親には「お母さんのところに行ってくる」と言いながら、晃も一緒なのだということは言わなかった。
 
母親は「沙織の選んだ人だもの好きにしなさい」と喜んでくれた。
楽しかった二人の交際に影が差し始めたのは、旅行から帰ってからひと月もしたころだった。
熱っぽくて具合が悪く、風邪だと思って病院に行ったら、妊娠していることが判ったのだ。
 
電話の向こうの母親は、「子供は宝よ。授かり婚だものお父さんも許してくれるでしょう」と言った。
 
ところが父親は挨拶に来た晃を殴り倒してしまい。
「順番が逆だろ!そんな奴は認めない。子供は絶対堕させる」と、もう取り付く島がなかった。
 
晃は、「二人が愛し合っていればお父さんの賛成が無くても大丈夫だよね?」と沙織に言ったが、なんと沙織は「父の賛成が無ければだめだと思う」と言い出す始末。
 
「まさかお父さんの言うとおりに子供をあきらめるんじゃないだろうね?」
「二人で暮らそうよ」
「愛しているんだよね?」
 
何を言っても返事をせず下を向いたままの沙織に晃は苛立ってきた。
いやあまりの悲しみのため、つい詰問口調になってしまう。
 
「ね、まさか生みたくないっていうつもりじゃないだろうね?」
 
なおも返事をしない。晃はつい、言ってはいけない言葉を口にする。
 
「生みたくないってことはその子本当に僕の子なのかな」
 
それまでずっとうつむいていた沙織が驚いたように晃を見て、そして悲しそうに口をゆがめ涙を流した。
 
すぐに「ごめん、つい口から出た。違う違うよね。僕の子だよね、悪かった、ごめん」
必死に謝ったのだが・・・口から出た言葉は、もう元には戻らない。
 
それから晃がいくら連絡を取ろうとしても、沙織とは連絡が取れなくなった。
職場から出てくるところを待ち伏せしたが、辞めたという事だった。
父親に直談判をしに船まで行ったが、
「子供は諦めさせた。先週病院で処置した。お前も二度と沙織に近づくな」
 
 
晃は打ちのめされた。
自暴自棄になって、酒におぼれたり、喧嘩をして警察官に連れて行かれそうになったりした。
_もうどうでもいいや_晃から人生が崩れ落ちていくようだった。
 
 
それから一年後、晃は仕事で沙織の父親の乗っていた大型船が漁船とぶつかったことを知る。
晃は海難救助隊の一員だった。
 
大型船ではあったが、漁船の勢いが強く船体に大きく穴をあけて海水が入り込み一気に沈没しそうに傾き、船員たちが次々海に投げ出された。
偶然近くを航行中だった晃たち救助船は、海上保安庁の巡視船が来る前に現地付近に到着し、次々に海に浮かんでいる船員たちを救助していった。
 
沙織の父親を助け出したのが晃だった。
だがもう意識が薄れ掛けていた。
それでも、声掛けをすると意識が戻り、沙織の父親は晃にすがるような目をむけた。
「お前か。すまんかった。俺はもうだめだ。沙織はお前の子供を生んだ。責任をとれ。沙織と赤ん坊を頼む」
夫としても父としても不器用な男の最後の言葉だった。
晃は泣きながら沙織の父親を揺すったが、呼びかけにもう目を開けることは無かった。
 
通夜の時、晃は沙織の家へ向かった。
 
沙織の母親も来ていた。
そして亡くなった父親の関西に住んでいるという妹も来ていた。
 
家族がいる中で晃は訴えた「沙織、僕のこと許してくれないか? もう一度やり直せないかな」
 
沙織はまだ生まれたばかりの赤ちゃんを抱いて、涙を流すばかりだった。
 
母親が「沙織はうれしくて泣いていると思うわ」助け舟を出してくれた。
叔母さんが、空気でわかるのか泣き出した赤ちゃんを沙織から取り上げて、晃に言った。
 
「あんたが噂のイケメンか。ほれこの赤ちゃんはあんたの子でっしゃろ? あんたが、あやしてやり、ほれ、あやしいって・・・」
 
晃はどうすればいいかわからず壊れものを扱うように赤ちゃんを抱いて「いないいないバーー」と言ってみた。
泣いていたはずの赤ちゃんが、ニコッと微笑んだかに見えた。