小説(三題話作品: おぼん ライン ほし)

着所寝 by ショウ

今年の一月三十一日の夜は月蝕が見える夜だった。海岸と街の明かりが見える小高い丘に、林に囲まれた古い家が在った。家族は両親を事故で亡くした五歳の弓枝と還暦を過ぎた物知りおじいちゃんだった。二人が縁側で、今夜の月蝕を待っていた。物知りおじいちゃんが、
「弓枝、今夜はね、あのお盆の様な月が、左下から少しずつ黒く欠けるように見えるんだよ」
「欠けたら、お月様、無くなるの?」
「ん、右上まで真っ黒になるとね」
「じゃ、無くなるとどうなるの?」
「さぁ、どうなるかな、それを見ようというわけさ」
「おじいちゃんは、月に行った事って、有る?」
「ん、何度もね」
「どうやって、どうして行ったの?」
「エレベーターの付いてるエアラインに乗って、星を取りに」
「今日も行ける?」
「行けるよ。でも、少しでも光っていたら行けないんだ」
「お星さまじゃなく、お母さんとお父さんに会いたい。会える?」
「もちろんさ」
やがて月は欠け始め、ついに真っ黒になるかと思うと、暗黄色になった。
「さ、今だ」
と、おじいちゃんは弓枝の手首を掴んで立つと、二人が宙に浮かんだ、が、弓枝にはエレベーターもエアラインも見えない。どこからか隕石や人工衛星が飛んで来て自分たちの目の前で音もなく砕け散った。最初は怖くてしゃがんだ弓枝だったが、慣れてしまうと目を見張った。ところが空気が無いので音は聞こえないはずが、どこからか声が聞こえた。
―― 弓枝、戻りなさい ――
何度も何度も聞こえた。おじいちゃんは弓枝の手首が痛くなるほど強く握り、離さない。暗黄色の月の、左下がかすかに光り始めると、おじいちゃんの姿が薄くなり、消えた。月は元の満月になっていた。
「弓枝、こんな所で、きどころねしちゃ、駄目よ」
と、母親が弓枝を揺り起こした。
「……おじいちゃんと空、飛んでたの」
と、弓枝は母親の顔を見上げ、手首をさすると、そこは赤くなっていた。

―― 了 ――