小説(三題話作品: いのしし 紅白 どん)

今どきの韓国青年 by 御美子

タトゥーアーティストを目指す韓国人の青年が、入れ墨彫り師に弟子入りしようと日本にやって来た。

「日本の入れ墨を学んで、タトゥーアーティストになりたいんです。是非、先生の弟子にしてください」
「折角だが、お断りだね。だいたい、弟子は取らねえ」
「そこを何とかお願いします。先生の作品が、とても気に入っているんです」
「入れ墨は他人のデザインを真似をしてやるもんじゃねえ。全てオーダーメイドだ」
「私には時間が無いんです。創造力もありませんから、先生のを真似るしかないんです」
「時間が無いって、どういうことだ」
「母一人子一人の家庭で、母が病気なので、早急にお金が必要なんです」
「それなら、なおのこと韓国で母親の看病をする方がいいんじゃねえのか?」
「母にお金を貸している兄さんから、日本で修業して来いって脅されてるんです」
「おまえ、一人っ子じゃなかったのか? それに、そんなことで兄が弟を脅すか?」
「兄さんは、義務兵役の時の先輩です。韓国では自分より少し年上の男のことを、兄さんと呼ぶんです」
「ややこしいな。で、その兄さんの仕事は何だ?」
「タトゥーアーティストです」
「じゃあ、その兄さんに習えばいいだろ」
「兄さんのはアメリカ式で、主な顧客はアメリカ軍の軍人でした。アメリカ軍基地が、ソウル市内から郊外に移転して、アメリカ人の客が減ったんです。でも、逆に韓国人の顧客が増えて、和柄のタトゥーの需要が増えてるんです」
「アメリカ式タトゥーだって? 誰から習ったんだ?」
「エド・ハーディって人だそうです」
「何だと? ドン・エド・ハーディに、直接習ったのか?」
「そうじゃなくて、コピーしただけです。彼の作品はTシャツとかにもなっていましたから」
「そういうことか。でも、ちょっと待て? 著作権とか問題にならなかったのか?」
「著作権を気にする韓国人なんて滅多にいません。こんな事情なので、是非、先生のところで修業させてください」
「どんな事情なんだか、イマイチ理解できねえが、最近、韓国人旅行客が来るようになったから、おまえが居ると何かと便利だ。雑用係としてなら雇ってやるよ」

そんなこんなで、数日たったある日

「今日の予約客は、錦鯉の入れ墨をする。錦鯉の写真を出しておいてくれ」
「はい、分かりました。ところで先生、錦鯉には、いろんな柄があるんですね」
「そうだ。輝黒龍・銀鱗紅白・落ち葉しぐれ・大正三色あたりが人気だな」
「紙に書いてもらえませんか? 漢字が苦手で」
「そんだけ日本語をペラペラ喋ってんのに、漢字の読み書きができねえのか?」
「私たちは学校で漢字を習うことを禁じられた世代なんです。会話は日本のアニメとかドラマで覚えました」
「そういうことか。因みに明日の予約客は、花札柄をご希望だ。猪鹿蝶の札の拡大写真を用意しといてくれ。おっと、猪鹿蝶って言っても分からねえか」
「それは大丈夫です。韓国では、花札は国民的ゲームなので、札の図柄は分かってます」
「国民的ゲームだって? 一体誰がやるんだ?」
「大人が3人以上集まれば、いつでもどこでも始まります。私の母も毎日のようにやってます」
「えっ? おまえの母親、病気なんじゃなかったのか?」
「普通の病気じゃなくて、ギャンブル中毒なんです。花札賭博にハマり過ぎて、父に離婚されたくらいです」
「じゃあ、金が必要だっていうのは」
「あっ、それは、花札賭博の借金を肩代わりしてくれた兄さんに返さなくちゃいけないからです」
「兄さんたって、血のつながりはねえんだろ。よく金を貸してくれたな」
「母が花札賭博で勝って、倍にして返すって言ったんです」
「呆れた母親だなあ。そんな母親の作った借金を、息子のおまえが返すってのも俺には謎だよ」
「母がギャンブルに手を出したのは、私の教育費を捻出する為だったんです」
「おまえの国じゃ、教育費の為だったらギャンブルやってもいいのか?」
「もちろん違法ですけど、『今回が初めてなんです。一回だけ許してください』とか言えば、無罪放免されることも多いですから」
「いい加減な法律だなあ。いずれにしても、もっとまともな仕事があるんじゃねえのか?」
「普通の仕事じゃ母の借金は返せません。それに、韓国では、兵役義務を逃れたい男達が、タトゥーを入れたがるので、いい稼ぎになりますし、将来性もありますから」
「どうりで、韓国人観光客、しかも若い男が入れ墨を入れに来るわけだ。ところで、将来性ってのは、どういうことだ?」
「日本では、入れ墨が医療行為と見なされ、自由にできなくなるそうじゃありませんか。韓国では、そんな規制はありませんから、今後は日本からのお客も見込めますしね」
「えらく楽観的だな。恐れ入ったよ」
「褒めてもらって嬉しいです」
「褒めてねえけど、おまえといると深刻に悩むのが馬鹿馬鹿しく思えてくるから不思議だよ」
「でしょ? ですから先生、私と一緒に韓国に行って、荒稼ぎしましょう」
「冗談じゃねえよ。言葉も通じねえのに、どうやって稼ぐんだよ」
「全て私が通訳しますから問題ありません。通訳料は売り上げの30%でどうですか?」
「最初から、それが狙いだったんだな? 時間が無いってのに、仕事を覚えようともしねえから、おかしいと思ってたんだよ」
「ビンゴです。韓国では、より早くお金になることしか評価されませんからね」