新作噺(三題話作品: ○活 TRY ねずみ)
しゃっくり止まれ by 網焼亭田楽
毎度ばかばかしいお笑いでございます。
いつの世もどこの世にもモテない男というのはいるものでございます。
男というのはモテるかモテないか、この二通りしかございません。
おや? 皆さん、ちょっと不思議な顔をされてやいませんか。自分のことを考えると、特にモテるわけではないけれど、そんなにモテないわけでもないと思っていらっしゃるのですね。
でも、先ほど言ったように、二通りしかないんです。ご自分でも薄々わかってらっしゃいますよね。特にモテるわけではないけど、ですよね。モテるわけではない、これすなわち、モテないということなんです。
モテるが80点以上で、モテないは20点以下というような程度の問題じゃないんです。
モテるかそれ以外かの二択なんです。
まあ女性にモテるのはほんの一握りの男だけでございまして、ということは、皆さんはほんの一握りか、もしくはそれ以外ということになります。
でも、自分はほんの一握りかもしれないと思っていらっしゃる方もいるかもしれませんが、ご安心ください。ほんの一握りの方は、こんなところで落語なんぞ聞いてやいませんので。
ま、それはさておき、
ここに、どうにも女にモテない男がおりました。
歳はとうに四十を超えておりますが、いまだ独身。近頃は、結婚しない人生を選択される方も増えてまいりましたので、結婚などしたくなくて独身というのなら良うございます。それはその人の生き方でございますから、他人がどうこういうものではございません。ところが、この男ときたら結婚願望が人一倍強いときていますのでタチが悪い。結婚したいけれど相手がいない。よくよく見れば、男の数と同じだけ女もいるはずなのですが、どうも世の中の女の趣味というものには偏りがあるようで、特定の男にだけ女は群がって、その他の男には見向きもしないというのが世の常でございます。
そこでその男は考えたのでございます。とくと観察してみると、モテてる男というのは共通点があるんですね。その共通点を見習えば、自分もモテる側に回れるのではないかと考えたのでございます。
たとえば、見るからに容姿端麗で一緒にいるだけで見ていて飽きない奴とか。容姿はそれほどでもないのですが、話がとにかく面白い、一緒にいるだけでいつも笑わせてくれる奴とか。あとは、何だかとっても優秀で良い子孫を残せそうな奴とか。まあ、そんな男どもが女性にモテるようでございます。ところが、そのいずれにも当てはまらないのにモテているやつというのがいるものでございます。単に金持ちというだけなのですが、これはこれでなかなか強力な武器になっているようでございます。
「まったく、つまんねえ世の中だな。特に女がいけねえ。まったく男を見る目のない女ばっかりだ。ほら見てみろよ。何であんな奴がモテるんだい。そりゃ、ちいとばかし顔立ちはお綺麗でござんすよ。鼻筋なんかスッと通っていて、顔もちっちゃくて背が高く足が長いだけじゃねえか。男が見ても惚れ惚れする、じゃ、仕方ねえか」
何だか変に納得をしております。
「でもだ。あいつがなぜモテる。顔立ちなんざ、俺とそんなに変わらないだろ。むしろ鼻なんかちょっと上を向いていて、見ているだけで笑っちゃいそうだ。ああいうのを愛嬌がある顔というのかな。しかも、人を笑わせるのが上手いときている。一緒にいれば楽しいこと間違いなし……、これも仕方ねえか」
またまた、一人納得でございます。
「でも、あいつはダメだろう。お世辞にもハンサムとは言えない顔立ち。面白さのかけらもない。取り柄と言えば頭が良いことぐらいだ。たった、それだけだ。何でも東大を主席で卒業したとか。でも、それだけだ……、そこがいいという女がいても仕方ないか」
と、ここでも納得。
「それにしても、あいつはいけねえだろ。ハンサムでもなければスタイルがいいわけでもなし。冗談の一つだって言えねえ堅物ときている。頭だって決して良くなさそうだ。あいつには取り柄らしい取り柄が見当たらない。なのになぜモテる。そりゃ、奴は金持ちだ。でも、親が金持ちっていうだけだ。だから、気前の良さは天下一品。デートとくれば相手の家にリムジンでお出迎えだ。高級レストランで食事、テーマパークへ行ったって並ぶなんてことはしない。全部ファストパスだ。食べるだけ食べて、遊ぶだけ遊んで、しかも堅物だから手も握らねえ。そして、またリムジンでお見送り。そんな奴のどこがいいってんだ……。いや、まあ、悪くないかもしれねえな」
おやおや、ここでも一人納得してしまいました。
「まあ、そこまでは許すとしよう。問題は、何故この俺がモテないかってことだ」
何ですか、皆さん。そんなネズミにつままれたような顔をなさって。えっ、ネズミじゃなくてキツネだろうって? いいんです。キツネでもタヌキでも。今年はネズミ年ですから大目に見てください。話を戻しますと、その男には取り柄ってものがないんだろうとおっしゃりたいのですね。それではモテなくて当然。いったい、その男はなぜ気がつかないのかというのですね。
「俺だってな。容姿端麗とまではいかねえが、まあ、普通だろ。一緒にいて面白いかと言われれば、それほど笑わせるのは得意じゃないが、まあ普通だ。頭だってとびきりいいわけじゃねえが、追試を受けなきゃならなかったことは一度もない。普通じゃねえか。金だってな、貯金こそないが莫大な借金があるというわけでもない。どうだ、普通を絵に描いたような男だろ。こんなに普通がそろっている男なんて、そうそういるもんじゃない。どこをとっても非の打ちどころがないこの普通人間の俺さまが、いったい何故モテねえんだ」
聞いてるだけでつまらなそうな男です。モテないのも何だかうなずけます。
「やはり、あれだな。多少の欠点はあっても、飛び抜けた何かを持ってた方が女にはモテるのかもしれねえな。たとえばだ、整形して超美男子になるとか……」
ああ、それ、子供が生まれた時にバレて、詐欺にあったと訴えられるパターンですね。
「それは危ねえか。じゃ、今から落語家を目指して、真打になった暁には皆の衆をどっかんと笑わせてモテモテになるとか」
それは、いったい何年後の話でしょうか。そもそも、普通人間が落語家になれるものでしょうか?
「ちょっと、このトライはハードルが高すぎたか。では、これから思いっきり勉強して東大に入るとか」
そんなに簡単に東大に入れれば、誰も苦労はいたしません。
「さすがに無理かもしれねえな。じゃ、金持ちの女を見つけて結婚して、その女よりも長生きをして財産を思いっきり使えるようにするか」
もはや、現実離れして聞いている気にもなれません。そもそも結婚が出来ないので悩んでいたのではないですか。
「その金持ちの女を見つけるところで挫折しそうだな。いやあ、困ったな。何かひとつでも良いから、誰にも負けない特技を身につけたいものだ」
そこで男は苦労に苦労を重ね、ある秘密の方法を手に入れたのでございます。
男が手に入れたのは、しゃっくりをたちどころに止めるという秘密の呪文が書いてある紙でした。
「ついに手に入れたぞ。皆の衆を集めて実演販売すれば大儲けだ。そうすれば、美女にモテまくって困っちまうな。俺と結婚したいという奴がわんさか現れて、『私と結婚してください』『いや、私と結婚してください』なんて、あちこちからプロポーズされたりなんかして……、いやあ、困った困った」
男の妄想は限りなく膨らんでおりますが、そんなに上手くいくものでしょうか。とにかく、男は金持ちになって女性にモテる道を選んだようでございます。
「さあ、何とか人集めにも成功したぞ。ここでしゃっくりの止め方を実演すれば、その秘密の呪文が書いてあるお札(ふだ)が飛ぶように売れるという寸法だ」
ところが、いざその時になってみると、肝心のしゃっくりが出てきません。あれやこれやとしゃっくりを出そうと試みるのですが、一向に出てきてくれません。
「おいおい、こんな時に困ったな。皆さん、ちょっと待っておくんなさい。しゃっくりをたちどころに止めて見せますから。でも、その前にしゃっくりを出さなきゃならないので、少々お待ちを」
うつ伏せになっても、仰向けになっても、グルグル前周りをしても後ろまわりをしても、飛び跳ねても逆立ちしても、いつまでたってもしゃっくりは出てくれません。
挙げ句の果てには観客にしゃっくりを出す方法を教えてもらうはめになりました。
「この中に、誰かしゃっくりを出す方法を知っている方はございませんか」
すると、最前列にいた学生さんが手を上げました。
「おや、学生さん。見た目、部活は落研かと思っていましたが、しゃっくり研究会の方でしたか」
そんな研究会、聞いたことがございません。
「そんなことはどうでもようござんす。こうなりゃ、背に腹は変えられねえ。ひとおもいにやっておくんなさい」
その学生さんは、目をつぶりながら何やらつぶやいております。
「何ですって? 背に腹につながっている横隔膜を通常の状態から痙攣させればしゃっくりが出るんですかい? よくわかりませんが、どうすれば痙攣するんで?」
学生は、男に近づき後ろへ回ったかと思えば、耳元で大きな声で「わっ!」と叫びました。
「わ、わ、わ、何するんです。びっくりするじゃないですか。ひっく。突然そんなことを、ひっく、したら驚くじゃ、ひっく、あ〜りませんか、ひっく。やったあ、しゃっくりが出たあ、ひっく」
この男、やっとの思いでしゃっくりを出すことに成功したようでございます。
「さあさ、皆さま、お立ち会い。長らくお待たせいたしました。これから、このしゃっくりをたちどころに止めてみせます。その秘密の方法がこのお札に書いてあるのです。ここに、ええとここに、確かこの辺に……」
ところが、今の騒ぎで止め方を書いたお札をなくしてしまったようです。売るはずだったお札も丸ごとなくしてしまったようでございます。
「すいません。この中で、誰かしゃっくりの止め方知っている人はいませんか」
お後がよろしいようで……