小説(三題話作品: 生 入道雲 ウイルス)

ワレニ追イツクグラマンナシ~あれから~by 御美子

「あの、すみません。よろしいでしょうか」
「あら、誰かと思ったらケイさんじゃない。よくここが分かったわねえ」
「こっちでは、おかまバー自体珍しいもんですから、もしかしてと思いまして」
「あの世でもおかまバーなんて、私自身もびっくりしてるの。うふふっ」
「ママはいつごろこちらにいらしたんですか?」
「あたし? 実はまだなの。これ私の夢の中なのよ。生身で行ったり来たりするのが理想だけど見たい夢を見られるだけでもありがたいわ」
「羨ましいです。自分は、こっちに来てからかれこれ6年になります」
「この世のバーで会った時に、積もる話をして以来かしら」
「そうですね。ところで、『しろうさぎ』っていう店名いいですね」
「でしょ、神様もなかなか粋な名前をつけてくれるわ」
「由来は何ですか?」
「年末年始だけ常連のオオクニちゃん由来じゃないかしら」
「因幡の白兎を助けた大国主命が常連なんて凄いですね」
「あの世のおかまバーなんだから、何でもありでしょ」
「『この世』って呼ばれてるあちらの世界も最近は何でもありみたいですけどね」
「そうなのよ。最近私のドキュメンタリー映画まで公開されたの」
「面白そうですね。観たかったなあ」
「撮影二日で戦前から現在までゲイのこと全部話しちゃった」
「益々興味深いです」
「私のより、ケイさんの遺作になった映画『あなたへ』の話を聞きたいわ。奥さん役の裕子さんの『夫婦だからって相手のことが全部分かりはしません。ここまで来ただけで十分じゃないですか』ってセリフが印象的だったわぁ」
「自分は後で考えて、偶然に驚きました」
「作中で亡くなった奥さんの病気とケイさんの死因が一緒だったなんてねえ」
「自分が悪性リンパ腫になるなんて想像もしませんでした」
「原因はウイルスってこともあるんですって?」
「それもあり得るんですが、悪性リンパ腫を発病する数年前に前立腺がんの手術をしてまして。何か関係があるのかも知れません」
「暗い話はよしましょ。映画『あなたへ』のロケ地は、どこも良かったわよねえ」
「はい、富山から長崎県平戸の漁港薄香まで、どこも思い出深いです」
「途中の大阪で、お笑いのオカちゃん、下関でタケちゃんも出演したのよね」
「はい、オカは阪神ファンの役、タケは車上荒らしの役でした」
「特にタケちゃんは、脇役なのに存在感あったわぁ」
「長期ロケのうち3日しか同行してないのに、あの存在感。正直、自分があの役やりたかったですよ」
「あら、飲み物が空ね。お酒は相変わらず飲まないんでしょ?」
「飲み物は水で結構ですが、何か甘いものをいただけませんか」
「ケイさんの甘いもの好きも有名よね」
「子供みたいでお恥ずかしいんですが」
「そんなことないわ。それに、お勧めのデザートがあるの」
「どんなデザートですか?」
「見てのお・た・の・し・み。ちょっと待ってて」


「じゃじゃーん!」
「凄くきれいです。それに今の季節にぴったりです」
「でしょ。夏向けのレシピを探したの」
「青い空に入道雲が浮かんでいるようです」
「レシピ名は『青空ゼリーとふわふわ入道雲ギモーブ』って言うの」
「ママのイメージとも合います」
「褒め言葉だといいけど」
「勿論です。さすが女子力高いです」
「あら、ケイさんが女子力なんて言葉知ってるなんて嬉しいわ」
「自分、あの世に来てから、雑談力磨いてますから」
「その顔に雑談力備えたら最強ね。もっともっと話しましょ」



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