それは、深い深い森の中。きつね王国のお話でございます。
きつね王国には古くからのしきたりがあり、一人前のきつねになるためには、人間の世界で一年間化け続けなければならないというものです。きつねであることに気づかれたり、だまって人間界へ行ったものは、王国から永久追放されるという厳しい掟があります。
今年も、その季節がやってきました。
「ああ、おいらも早くおとなのきつねになりたいなあ。この試練に合格したら、いとしのツネちゃんにプロポーズするんだ」
今回この試練にチャレンジするのは、若きつね界のプリンス、コン太郎です。コン太郎には、お気に入りの雌ぎつねがいました。その娘はツネちゃんと呼ばれており、雄きつねからは注目の的だったのです。そして、ついにコン太郎が人間界に旅立つ日がやってきました。
「ツネちゃん。おいらは必ず一人前のきつねになって帰ってくる。帰ってきたら、ツネちゃんに話したいことがあるんだ。わるいけど、何も言わずに一年間待っててくれないか」
「えっ、そんな。でもいいわ、あたしタロちゃんを信じて待ってる」
コン太郎の精一杯の告白に、ツネちゃんもまんざらではなかったようです。
こうして、コン太郎は人間界に旅立ちました。
「広いなあ。それに、車がいっぱいだ。あぶない、あぶない」
コン太郎は大きな道を渡ろうとしました。と、そのときです。
*** キーキーキー *****
「あっ、あぶない!」
もうスピードで走ってくる車の前に、一匹のネコが飛び出しました。
*** バーン *****
車は、ネコをはね飛ばし去っていきました。
「だっ、だいじょうぶ?」
コン太郎は、はねられたネコにかけよりました。
「………」
そのネコは何か言おうとして、力つきました。
「ミケー。ミケー。どこに行ったの」
ネコの来た方から女の子が走ってきました。どうやら、このネコの飼い主のようです。
「わぁ。ダメ、ダメ。今きたら、この子が死んじゃった姿を見ることになる。きっと、かわいがっていたんだろうし、あの子、悲しむよなあ。どうしよう」
「ミケー、ミケー」
その声はどんどん近づいてきました。
「そうだ。いい考えがある」
コン太郎は、なにやら名案を思いつたようです。
「ミケ。だめじゃない。急に走り出したらあぶないわよ。このへんは、車が多いんだから。さあ、こちらへおいで」
「ミャア」
その女の子は、ネコを抱いておうちに帰っていきました。
「ままー。ただいまー」
女の子は、ネコをだいじそうに抱えて帰ってきました。
「おそかったわね。心配したのよ」
「だって、ミケったら急に走りだして、あぶなかったんだから」
「だいじょうぶだったの」
「ええ。ちゃんとつかまえてきたわよ」
女の子は、自慢そうにだっこしているネコをさしだしました。
「あら、良かったわね。今度からは逃げないようにひもでもつけましょうね」
「ミャア」
お母さんは、やさしくミケの頭をなでてくれました。
その日、女の子はミケと一緒に眠りました。
『あったかいなあ。人間の女の子って、こんなにあったかいんだ。それにやわらかい』
女の子に抱かれて眠っているのは、ネコに化けたコン太郎でした。
『おいらは、このうちで一年間くらすことに決めたんだ。だって、ミケが死んだことを知ったら、この子悲しむだろう。それに、おいらも行くあてがあるわけじゃなし。おいらさえばれないようにしていれば、万事うまくいくってもんだ』
コン太郎は、そう考えたのです。女の子もお母さんも、とてもやさしくしてくれました。
月日のたつのは早いもの、そろそろ一年が過ぎようとしていました。
『さあ、そろそろおいらも帰らなくっちゃ。このうちのおかげで、一年間食べるものにも寝るところにもこまらなかった。試練といっても、たいしたことなかったなあ。そうだ、最後に…』
今日の夜、コン太郎はこのうちから抜けだそうと思っていました。最後に、おせわになった女の子にこっそりあいさつをしておこうと思ったのです。
『しめしめ、もう寝ているぞ。今のうちにお礼だけでも言っておこう』
そう思って女の子をのぞきこんだときのことです。口元から寝言が聞こえました。
「いつまでもあたしと一緒にいてね、きつねさん」
コン太郎はびっくりしてしまいました。女の子は、ミケのことをきつねだと知っていたのです。
『どうして、どうしておいらのことをきつねだと知りながら…』
コン太郎は、わけがわかりませんでした。
「あっ。きつねさん」
女の子は目がさめたようです。
『きみ。おいらのことをきつねと知っていたんだね』
「ごめんなさい。せっかくネコに化けてくれたので、かわいそうで言えなかったの」
『ああ。なんということだ。おいらの試練もここまでだ。きつね王国にも帰れない』
「そんなに悲しまないで、きつねさん」
『おいらは、王国にたいせつなものを残してきているんだ。でも、もうだめだ。きつねであることもばれてしまっている』
コン太郎は大きな声でひと鳴きしました。
『ごめんよー。ツネちゃーん。きみにプロポーズできなくなっちゃったよー。コーン』
とてもかなしそうなきつねを見て、女の子も涙があふれてきました。
『あたしこそゴメンなさい。あなたを一人で行かせたくなくて、ついてきちゃったの。ゆるしてね、タロちゃん』
なぜか都会のまんなかに、寄り添う二つのきつね像が、今も残っているそうです。