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Mirubaのワルツィングストーリー

アガペーの発露   by Miruba

♪テネシーワルツ <このページの下のyoutubeでお聞きいただけます>

サークルのダンスパーティーだった。トライアルでワルツを一緒に踊って欲しいと急に頼まれたその男性は、70才過ぎ位の元気なおじいさまで、木谷さんといった。
昔競技会にも出ていたので自信もあるらしい。元気溌剌で、近所のパーティーはほとんどこなし週に5日は踊っているという、つわものでもあった。


曲も木谷さんの一番のお気に入り「テネシーワルツ」にした。少し緊張しているようだ。


「次に踊りますのは、年の差ん十歳カップルです。盛大なる拍手をお願いします」


先生が私たちの紹介をしている。
蝶ネクタイを直してあげながら「規定どおりでなくとも、何をやってもOKです。必ずついていきますからね」と耳元にささやく。


安心させるためにボディーコンタクトをながく抑えた。 
曲の始まりがもたついたが、私がちょっとだけ引っ張って動き出す。ふたつのLOD(ラインオブダンス=動く方向)を過ぎた頃からやっと硬さが取れてきて調子が出てきた。


木谷さんは気持ちよく進む。
音楽も楽しんでいる様子。
もう少しで終わるというときに、突然心臓の鼓動が早くなったように感じた。 
フルコンタクトに近いので、息使いですぐに伝わったのだ。
さっと顔色が変わった。


ダンスは途中棄権をする。


長いすに横になった木谷さんが、
「大丈夫、ちょっと貧血起こした。どうぞパーティーを続けてください」と言い、確かにいくらか顔色も良くなったので、先生方は会場へ戻ったが、私はまだ、そばについていた。冷やしたタオルを当てたり手足をさする。


「もう会場に戻っていいよmirubaさん。二人だけでいたらみんなが怪しむだろう?」


え?私は耳を疑った。
単に<老人>の世話をしている気持ちだったので、不意打ちを食らった感じがして、思いやりを忘れた。
一瞬白けた顔をしたろう私に気がついて、


「あ、若いあなたに(決して若くは無いが)失礼なことを言いましたね。こんなおじいさんとあなたが怪しい関係なわけは無いよね。
ただ、正直に言うとね。わたしはあなたに・・・そのー震えるような恋心を抱いてしまったんだ。3年前あなたがサークルに入ってきた時からあなたを慕っていたのです。さっき念願かなってあなたとトライアルで踊って、もう死んでもいいと思ってしまってね。本当に死んだら、あなたに迷惑だよね。 あはは・・・」


突然の告白。


目の前のおじいさまが、一人の男性に変身してしまった。
私は、なんとも言い表わせぬ衝撃をうけていた。


そうだ、人間は常に恋をしているものなのだ。 
それが生きるエネルギーにだってなるのだ。
よくいわれることじゃないか。恋に年齢は無いのだもの。 


だが目の前で突きつけられたそのひたむきな恋心に、私はうろたえ声も出なかった。ただ私にとって、彼はもうおじいさまではなかった。


何事も無かったように時は過ぎ、ある日彼の最後の時が来た。彼が実は84歳だったと知った。


それから数年後、ホテルでのパーティーで、彼にそっくりな紳士が踊っていた。ツアーで他県から来たと言う。サークルの仲間もみな「亡くなった木谷さんにあの人似ているね」と目を見張っている。


その紳士とルンバを踊っていた。
アレマーナでくるっと回転して、ふとみると、 
あの彼、_木谷さん_がそこにいた。


にこっと笑っている 。


ああ・・木谷さん。


私は突然心臓をわしづかみにされたような深い鋭い感情にとらわれ、涙を止めることができなかった。


思いを伝える。 


たとえかなわぬ恋でも、思いは伝えなけば相手にはわからない。
心からの心情は、必ずや思いを寄せるその人の心に小さな花を咲かせるのだ。


だって亡くなった彼の「私への思い」は、彼の死と共に陽炎のように消えてしまったのだろうけれど、


伝えられた私の心の奥底に、その「思い」は確実に存在し、彼はそうやって、 
時に、わたしの前に現れるのだから。