その8 嫁姑戦争、きっかけは水キムチ

主婦だけの日本語クラスでの話だ。ご主人のお母さんと同居しているギョンナムさんは、水キムチをあまり食べないと言う。ある時、うっかりご主人の器に入っていた水キムチを食べたところ、それを見たお義母さんは気分を害し「私だけ除け者にしている」と怒り出した。お義母さんの水キムチは彼女専用の器に入っていたからだ。
 
韓国では家庭でも食堂でも、ご飯の器は一人分ずつだが、メインディッシュや副菜は大皿に盛られ、各自取り皿に食べる分だけ取って食べることが多く、汁物はぐつぐつ煮えた状態で1つだけ食卓に上り、各自のスプーンで直接食べる。しかし例外は水キムチで、常温で食べるせいか、少なくとも家族ごとに器を分けないと気持ちが悪いと、同じクラスの主婦達が異口同音に話していたのが興味深かった。
 
ギョンナムさんの話はこれだけでは終わらなかった。彼女はこの時とばかりに、今まで我慢していた義母の食事の仕方に怒りを爆発させた。ご主人と二人きりになったのを見計らって「お義母さんが何でもかんでも自分のスプーンで食べるから、ほかの家族は気持ち悪くて食べられないのよ。あなたから何とか言って!」と訴えた。同じ食卓では最年長者が最初に箸をつけるという決まりがあるのだ。息子であるご主人からこの話を聞いたお義母さんは更に怒って、暫く家族と口をきこうとしなかったという。ギョンナムさんの取った次なる行動はと言うと「水キムチは一切作らない」だった。家事の主導権はギョンナムさんにあったのだ。
 
これだけ聞くと、お義母さんが少し可哀相なような気もした。ギョンナムさんのご主人は兄弟が多いと聞いていて、年代から推測して、子供の頃の食事時はサバイバルタイムだったのかも知れない。誰が先に箸やスプーンをつけた、なんて考える余裕もなかったことだろう。
 
しかし、ここ20数年で韓国は急速に変化した。特にギョンナムさん一家は高度成長時代の波に乗り、贅沢な暮らしに移行した。一人では怖いと感じるほど広いアパートに住み、年老いた親を呼び寄せる余裕が出来たのは良かったのだが、特に年配の人々にとって生活の仕方、特に食習慣を変えるのは難しいことだろう。
 
そう言えば、小学生のクラスで教えていた時、休み時間に生徒からサンドイッチを勧められたことがあった。彼女が一口かじったサンドイッチを、私の口元に差し出したのだ。最近の親世代以下ではあまり見られなくなったと思っていたが、多分彼女は祖父母に育てられたのだろう。韓国では自分が食べて美味しかったものを、親しみの意味を込めて相手のスプーンに載せたり、直接口に入れようとする習慣が残っている。