ショートショート

いとしのリーデンベルゲン by 夢野来人

「グーテンモルゲン」
リーデンベルゲンさんの声で、俺は目が覚めた。
「おはようっす。リーデンベルゲンさんは、朝が早いっすね」
「何を言ってるの、もう8時よ。いつまで寝ているの、隼人。こんな良い天気の日に、いつまでも寝ているなんてもったいないわ」
彼女はそう言いながら、タオルを窓辺に干していた。
そうだ。確かにもったいない。せっかくの一泊旅行。しかも、彼女は人妻の身。たまたま、昨日から今日にかけて、旦那さんが出張に出かけているのだ。その隙をついての小旅行。
何だって、旦那さんに怒られるぞって。そいつは、とんだサカ恨み。第一、夫婦仲がそんなに良いなら、彼女はこんなところにいないさ。これで、なかなか需要と供給のバランスが取れている。


「気持ちの良い朝ね」
窓の外には雨上がりの紫陽花が、まばゆい朝陽の陽光を浴びている。
葉に溜まった一粒の雨露に、二人の仲良さげな姿が映し出されていた。
しかし、時は非情なもの。夕方には、彼女は自宅へ戻らなければならない。
あとわずか、ほんのひとときの癒しの時間を俺はかみしめていた。
「ねえ、リーデンベルゲン。また、会えるっすか」


「私のこと、リーって呼んで。もちろん、また、会えるわ。きっと会えるわよ。私は、そう思うわ」
「本当っすか、いつ? リー、信じていいんすよね」


これが、俺の初恋だった。