その16 総選挙で地域対立に歴史的大変化

韓国にしばらく暮らしてみると、地域間対立や格差に気付く。特に目立つのは、朝鮮半島南部にある小白(ソベク)山脈を境にして、左側に位置する光州(グァンジュ)を含む全羅道(チョッラド)と、釜山を含む慶尚道(キョンサンド)との対立だ。
 
名字が羅(ナ)の女性に「全羅道出身なんですか?」と尋ねるたところ「そうですけど、あまり大きな声で言わないでください」という答えが返ってきてドキリとしたことがあった。
 
慶尚道に実家がある独身女性は両親から「全羅道の男性とは結婚してはいけない」と言われ、少なからず驚いたそうだ。高校から海外留学させてくれるような自由な家風に、そんな固定観念は不似合いだと思えたからだ。
 
全羅道出身で、ソウルで美容室を経営する女性は違う理由で同郷の男性とは結婚したくないと言った。「全羅道の男性達は女性に仕事をさせて遊んでいることが多い」と言うのだ。この話を聞いた頃、田舎に住む兄の長男が彼女宅に下宿していて、甥っ子が食費を払うわけでもなく、当然のように居るので腹が立つと話していたこととも関連がありそうだ。
 
全羅道出身者に対する一般的なイメージは「生活力がある」「働き者」「貪欲」「利己的」等らしいが、産業分布資料から判断して、農業や漁業が主力の全羅道が、貿易や重化学工業の拠点が集中する慶尚道に比べて、サバイバル術が必要な地域特性を持つが故の人間性に成らざるを得ないような気もしてくる。余談だが、全羅道出身者には小説家や芸能人が多いと同時に犯罪者も多いと聞く。
 
このような地域間格差の根は、韓国建国以前の三国時代にまで遡ると言われている。大まかではあるが、その時代に百済であった地域が今の全羅道で、新羅であったのが慶尚道である。
 
現在の韓国史は新羅が中心で、百済に関しては記述が少ない為、あまり知らないと答える学生が多い。更に、李氏朝鮮時代には、全羅道出身者は要職に付けてはならないという申し合わせもあったらしい。
 

この慶尚道偏重主義は近代の韓国でも適用されている。と言うより為政者に都合よく韓国史を編纂しているのかも知れないが、第5代パク・チョンヒ大統領から、その娘であるパク・クネ現大統領に至るまで、殆んどが出生と本貫(※脚注)が慶尚道である人間で占められている。第15代キム・デジュン大統領が本貫は慶尚道だが生まれは全羅道、第16代ノ・ムヒョン大統領は生まれは慶尚道だが、本貫は全羅道という例外はあるが、こういった二人の出生背景のためか、キム・デジュン元大統領は日本で拉致されたり、殺されかけたことが何度もあり、ノ・ムヒョン元大統領は退任して間もなく、大統領在任中の罪を執拗に問われて自殺に追い込まれている。

 
注:本貫……氏族(男系血族)の祖先発祥の地名のこと。姓と組み合わせて記す。(広辞苑より引用)例えば密陽朴氏・金海金氏・光州盧氏など、今でもこのように戸籍に登録されている。
 
 
2016年4月の総選挙で朴クネ現大統領が所属するセヌリ党が議席を大幅に減らして野党に転落した。同党が大統領派と反大統領派に分かれてしまったのが最大の敗因だが、これは慶尚道地区が一枚岩ではなくなったことを意味する。最大野党から僅差で与党になった民主統合党の地盤であった全羅道は選挙直前に作られた第三党である国民の党に奪われ、図らずも長年続いた保守派慶尚、革新派全羅という地域対立に大変化が起こってしまった模様だ。