マユは魔法使いにあこがれる女の子。いつも魔法を夢見ていました。
「ああ。早く、私も魔法が使えるようにならないかしら」
マユは、いつか自分も魔法が使えるようになると思っていました。だって、ママはお料理をあっというまに作ってしまうし、パパだって、走るのがとっても速い。ママやパパは、きっと魔法を使っているに違いないと思っていたのでした。
そんなある日、マユは不思議な体験をします。マユが公園で一人で遊んでいたときのことです。
「マユちゃん」
「あなたは、だあれ」
その男は、いきなり声をかけてきました。
「きみ、魔法使いになりたいんだろう」
男は黒い山高帽子をかぶり、目にはサングラス、古びたマントを背にして、手にはステッキを持った、見るからに怪しい人物でした。
「私を見て驚かなかったのは、きみが初めてだよ」
怪しげな男は、そう言って笑いました。
「だって、全然怖そうに見えないもの。もしかして、おじさん、魔法使い?」
マユの瞳は輝きました。魔法使いになるためには、魔法使いの弟子にならなければならないと思っていたからです。
「まあ、そんなところだな」
「まあ、すてき。どんな魔法が使えるの」
「何だってできるさ。おいしい物をいっぱい出したり。きれいなお洋服をたくさん並べたり」
「すごいわね。なんだかお腹がすいてきちゃったわ。おじさん、ハンバーガーも出せる?」
「おやすい御用さ」
そう言うと、男はマントをヒラリとひるがえしました。そして、手にはマユちゃんの大好きなハンバーガーを持っていました。
「すごい。本当にすごいわね」
大喜びするマユちゃんの前を、男の子が泣きながら走っていきました。
「ママー。ボクのハンバーガーがなくなっちゃったよー。えーん」
「どうしたのかしら」
男は、気にする風もなくマユちゃんに声をかけてきました。
「マユちゃんも、魔法使いになりたくないかい」
「えっ。私を弟子にしてくれるの」
「ああ。そのために私はやってきたんだよ」
「でも、魔法使いになるのって大変なんでしょう。つらい修行をしたり。私にできるかしら」
「そんなことなら大丈夫。魔法なんて簡単なものなんだ。願いさえすれば、何でもかなってしまう。何でもね」
「へー、そうなんだ。」
「試しに、マユちゃんも一度魔法を使ってみるかい」
「そんなことができるの?」
「ああ、簡単さ。このマントをはおってごらん」
男は、かわいらしい赤いマントをマユちゃんに手渡しました。
「どうすればいいの」
「マントをひるがえすうちに願い事をするんだ。ただし、このマントはお試し用のもの。魔法は三回しか使えないから、よく考えて使いなさい」
「わかったわ。まず、きれいなお洋服がほしい」
「じゃあ、願ってごらん」
マユちゃんは男の言うとおりにしました。
「きれいなお洋服が欲しい!」
そう言いながら、マントをクルリとひるがえしました。するとどうでしょう。マユちゃんのお洋服は、たちまち新品のすてきなお洋服に早代わりしました。
「すごーい。魔法使いすごーい」
大喜びのマユちゃんの前を、今度は女の子が泣きながら走っていきました。
「おかあさーん。買ったばかりのお洋服が消えちゃったの。えーん」
「なんか、変ねえ」
男は、今度もそしらぬふりです。
「ほかに欲しいものはないかい」
「私、ペットが欲しかったの。かわいい子犬がいいわ」
「じゃあ、願ってごらん」
マユちゃんはちょっとためらいましたが、子犬は前からとっても欲しかったので、思い切って願ってみました。
「かわいい子犬が欲しい!」
マントをクルリとひるがえすと、マユちゃんの足元にはかわいい子犬が現れました。
「ワンワン」
「まあ、かわいい」
子犬を抱き上げるマユちゃんの前を、悲しそうに鳴きながらおかあさん犬が通っていきました。
「わおーん、わおーん」
「ちょっと、おじさん」
「なんだい、マユちゃん」
「おじさんの魔法って、インチキじゃない」
「どうしてだい」
「欲しいものは手に入るけど、それって、どこかから盗んできたものでしょ。ハンバーガーも、お洋服も、この子犬だって、みんなみんな盗んできたものでしょ」
その質問には答えず、男はマユちゃんに近づいてきました。
「いいかい、マユちゃん。魔法は、あと一回しか使えない。よく考えて使うんだよ。もちろん、魔法使いになりたいというのなら、本当のマントをあげる。本当のマントなら、魔法はずっと使えるんだよ。どうする、マユちゃん」
マユちゃんは考え込んでしまいました。魔法を使えば、自分の好きなものが手に入る。でも、それは他の人が大切にしているもの。あの、おかあさん犬だって、子犬が急にいなくなって悲しんでいるに違いない。
「おじさん。魔法は、あと一回使えるのよね」
「そう。魔法使いとして使える最後の魔法さ」
マユちゃんは考えました。このまま魔法使いになって、好きなものを全部手に入れて、楽しい楽しい人生を過ごすか。それとも、またたいくつな毎日に戻るかの選択です。
マユちゃんは、しばらくして決意しました。
「やっぱり、いけないわ。人のものを取っちゃうなんて」
男は、再び問いかけます。
「どうする、マユちゃん」
マユちゃんは、マントをくるりとひるがえしました。
「今まで魔法で取ってきたもの、みんな元へ戻れ!」
「そ、そんなことをしたら」
男はあわてましたが、もう後のまつりです。
マユちゃんの手からはハンバーグが消え、お洋服も元に戻り、子犬もいなくなりました。
マユちゃんの前には、帽子もサングラスもマントもステッキも持っていない男が一人立っています。
「マユちゃん。きみは魔法使いになりたかったんじゃなかったのかい」
「もちろん、なりたいわ」
「じゃあ、なぜ」
「でも、欲しいものは、自分で手にいれなくちゃね」
「魔法使いになる夢は、もうあきらめたのかい」
「魔法使いは、誰かにしてもらうものじゃなくて、自分でなるものなのよ」
「後悔しないかい」
「私も、ママやパパのような立派な魔法使いになるわ。みんなから喜ばれるような魔法使いにね」
そう言うマユちゃんの前を、ハンバーガーを手にした男の子、新品のお洋服を持った女の子、子犬を連れたおかあさん犬が、みんなみんな笑顔で通り過ぎていきました。