新しい第一歩を踏み出すには切っ掛けが必要だったようです。
それには小さな小さな心の傷が伴いました。
僕は変わり者らしい。猫の仲間からよくそう言われる。
僕の首に付いているものと僕に話しかけてくるあいつのせいだ。
僕の首には小さな白い骨の首飾りがある。肌身離さずずっと付けている。
これは人間から貰ったものだ。正確にいえば作って貰ったって言うのが正しい。
あの日からずっと川沿いで寝ていた僕を見ていた人間が居たんだ。
その人間と初めて会った時、もう日は暮れた初夏だった。
人間はいつも僕が寝ている場所に座り込んで下を向き何かをしていた。
僕はその姿を見た時身体が硬直して動けなかった。
(な、、、何してるの?取らないで。僕の大切な場所を取り上げないで!)声が出せなかった。
怖くて動けなかった。
この場所を取り上げられたら僕はどうしていいか分からない。
人間が振り返り、動けなくなった僕を見つけた。もうおしまいだと思った。
僕が僕であり続けられる場所を失ってしまう。どうしよう。どうしたらこの場所を守れるの?
人間がゆっくりと僕の方に歩いてきた。僕は出来る限りの威嚇をした。毛を逆立て唸った。
人間の歩みが止まった。
(早くどこかへ行っちゃえ!僕の前から消えて居なくなってしまえ!)必死だった。
それこそ死に物狂いで威嚇したんだ。
人間がその場に座り手を伸ばしてきた。
(そ、、、それ以上近づいたら引っ掻いてやる!)僕がいくら威嚇しても人間はその場から動こうとせず、それどころか話しかけてくる。背中を逆立て唸る僕。
しばらくその状態が続いた。
人間が立ち上がり「今日は帰るよ。明日も来るからね、ネコ君」そんな言葉を残し立ち去った。
(もう来るな!二度と来るな!)
人間が立ち去ってから慌てていつも寝ている場所に行った。何も変わった所は無かった。
安心して眠った。
それから毎日毎日同じ時間に現れては僕と対峙していた。僕は負けまいと頑張った。
頑張ったけどだんだん疲れてきた。
疲れてきた上にあいつは卑怯な手を使ったんだ。僕の鼻先にやたら良い匂いのする細い棒を持ってくる。
もう腰砕けだった。夢中でその棒にじゃれ付いた。人間はそれ以上何もして来る事は無くただ微笑んでいた。
その顔が優しそうだと思ったのはきっとこの棒のせいで僕がおかしかったからだ。
その日以来、食べ物も貰った。最終的にはあいつの手から食べるようにもなっていた。
いつもの様にあいつの手から食べているとあいつが言った。
「ねえ、ネコ君。いつもネコ君が守っている骨、あれってカラスだろ?あのカラスの骨を1つだけ持って帰っても良いかな」
食べることに夢中で何を言われているのか分からず にゃあ と一声だけ鳴いた。
あいつは僕の頭を一撫でして、骨の所に行きポケットに骨を1つだけ入れてそのまま帰って行った。
ただその行動を見ているしか出来なかった。我に帰った時には骨を持っていかれた後だった。
どうしよう!あいつ持って行っちゃった。始めからそのつもりだった?例え1つでも許せない。
何で?何で僕の大切な物を持って行っちゃったの?僕がばかだったんだ。
食べ物やまたたびに釣られて大切な物を1つ失くしてしまったんだ。
返して。返してくれよ。お願いだから取り上げないで。
僕はカラスを探し出してから、この場所を離れることが出来なくなっていた。
ここだけが安心できる場所になってしまった。その1つが無くなってしまった。その夜眠れなかった。
不安で怖くて眠れなかった。
人間は骨を持って帰ってから現れなくなった。信じるんじゃなかった。
こんな事になるなら気を許すんじゃなかった。
ずっと眠れない。何日もまともに眠れなかった。
その日はどこにも行かず横たわっていた。体力の限界もあったけれどここを少しでも離れたくなかったから。
何かがそうさせていた。また僕の大事なものを取られてしまうかもしれない。
いつの間にか眠ってしまったらしい。
「ネコ君大丈夫かい?これ食べる?あとね、プレゼントを持ってきたよ」その声に薄らと目を開ける。
やっぱり優しく笑っている顔だった。
(また僕をだましに来たの?優しい振りをして今度は僕をどうするの?)何だかどうでもよくなって再び睡魔に身を任せた。
「ネコ君何だか痩せたね。もしかして僕のせいかな。ねえ、目を開けて。そうだミルクもあるよ」
少し開いた口からミルクが流れてきた。お腹のすいていた僕は夢中で飲んでしまった。
「良かった。ねえ、ネコ君が元気になれるプレゼントがあるよ。見てくれる?」そう言ってポケットから
白い小さいものを取り出し僕の目の前に持ってきた。
にゃあ!
それは盗られたと思っていた骨だった。その骨には紐が付いていた。
「ネコ君が大切に守っているのを見て思いついたんだ。こうやって加工して首に付けられるようにしたんだよ。
君は飼いネコじゃないから首輪はだめだろうと思って紐にしたよ」そう言いながら僕の首に付けてくれた。
「ほら。これでいつでも君の大切なカラス君と居られるよ。例えここを離れてもずっと一緒だ」そう言ったあいつの顔を見上げればやっぱり優しい顔で笑っていた。
にゃあ!嬉しくて鳴いた。
それからというもの僕に猫の仲間がたくさんできた。
毎日が楽しくて仕方がない。仲間って良いな。ずっと一緒にいたいよ。今日もその仲間たちとお昼寝中。
「やあ!ネコ君とその仲間たち!」そう言って手を振って来る人間がいる。僕は尻尾だけ振って答える。
僕の首には小さな白い骨の首飾りがある。
『ずっと一緒だよ』
了