春の名物と言えばお花見でございます。昔から庶民にも親しまれておりましたが、この不景気でございます。長家の花見ではございませんが、それなりに工夫をしているようでございます。
「おい、はっつぁんよ」
「なんだい、くまさん」
「こう不景気じゃあ、花見もできねえな」
「そんなしけたこと言うんじゃねえよ」
「そうは言っても、先立つものがねえ」
「金なんてものは天下のまわりもの。金なんかなくたって、花見ぐれえはできるだろう」
「見るだけならできるが、酒につまみがなくっちゃつまんねえだろう。それに、ちょいとした綺麗どころがいりゃあ、なおいいな」
「何言ってんだよ、くまさん。夢は願えばかなうんだよ。くまさんの夢、おいらも一緒に願ってやろうじゃねえか」
「願っただけでかなうなら、おれたちゃこんな貧乏暮らしなんてしてないだろう」
「それでもなんとか生きてるだろう。それに時間はタップリある。平日の昼間だろうが、花見に行こうと思えばいつでも行ける身分だよな」
「仕事がねえだけじゃねえか」
「そこよ。花見をしながら仕事をしちまえばいいんじゃねえかな」
「ダメだよ、はっつぁん。ドサクサに紛れて、スリや置き引きをしようなんて考えちゃ」
「そんなこと言っちゃいねえよ。いいかい、仕事をすりゃあいいんだよ」
「人様の財布を自分の懐に瞬間移動させるとか、置いてあるかばんの中の財布を自分のポケットの中にテレボーテーションさせるとかかい」
「違う違う。それじゃあ、スリや置き引きと変わんねえだろ」
「じゃあ、どうすんだい」
「まずは、こうしてああなるだろう。そこでああすれば、こうなるってもんだ。どうでい、わかったかい」
「わかんねえ」
「ダメだねえ。まあいいや。おいらに着いてきな。金のかからねえ花見の仕方ってえのを教えてやるから」
「なんだかわかんねえけど、酒が飲めるんなら文句はねえや」
「よし、決まった。さっそく行こう」
「どこへ?」
「決まってるだろ。花見だよ、花見」
「悪いな、はっつぁん。あいにく金がねえ」
「元に戻っちまったな。金なんぞいらねえんだよ。夢は願えばかなうって教えてやったばかりじゃねえか」
「願っただけでかなうなら、おれたちゃこんな貧乏暮らしなんてしていないだろう」
「どこまでも戻る奴だね。花見の場所で仕事をするんだよ」
「ダメだよ、はっつぁん。スリや置き引きなんて」
「違うって言ってるだろ」
「瞬間移動やテレボーテーション」
「違う、違う」
「じゃあ、本当に酒が飲めるのかい」
「あたぼうよ」
「桜を見ながら」
「もちろんさ」
「綺麗どころも」
「よりどりみどりだ」
「よし、行こう」
「だから、さっきからついてきなって言ってるだろう」
さてさて、一文なしのはっつぁんとくまさんは、花見の名所へとやってまいりました。
「おい、はっつぁんよ。ほんとに酒が飲めるのかい」
「まかしとけって」
はっつぁんには、何やら考えがあるようです。
「いいかい、くまさん。まずは、なるべく大勢の団体さんを見つける」
「何でだい」
「お客さんは多い方がいいんだよ。10人もいりゃあ、1人ぐれえ物好きがいるってもんだ」
「で、どうすんだい」
「まあ、見てな」
そう言うと、はっつぁんは団体さんの中に混じっていきました。
「さあさあ、皆さんお立ち会い。これより、お花見向けとっておきの手品をお見せいたします」
はっつぁんは、いきなり手品を始めようとしています。
それを見ていたくまさん。
「はっつぁん、手品なんかできたかなあ」
と不思議がっております。
「さあさ、お立ち会い。ちょいと失礼いたします。ここにあります、コップ酒。これが、瞬時に消えたら拍手喝采」
そういうと、はっつぁんはもらったばかりのコップ酒を片手にクルリと一回り。コップの中は空になっております。
「いいぞ。両手でもできるのか」
もちろんタネはバレておりますが、そこはそれ皆さんほろ酔い加減でございます。冷やかし半分面白半分でヤジがとんでまいります。
「お安いご用で。でもその前に準備が必要です」
「ほう、どんな準備だい」
「ここにあります蒲鉾と伊達巻きを」
はっつぁんはもう一度クルリと回るとあら不思議、蒲鉾も伊達巻きもなくなっております。
「これで、準備は万端です」
口をモグモグしているはっつぁんにお客さんは大喜び。
「いけいけ」
「では、右手と左手にコップを持ってと」
はっつぁんは三度クルリとまわりました。
それを見ていたくまさん。
「あの野郎、一人だけただ酒飲みやがって」
と羨ましがることしきりです。
一気に3杯も酒を飲んでしまったはっつぁん。足元は少々ふらついております。
「さて、みなさん。今日はあっしの師匠も来ております。師匠の技は天下一品。あっしなんぞは足元にも及ばねえ。一つ盛大な拍手でお迎えください」
はっつぁんに紹介され、くまさんも酒が飲めると思いニタニタ顔で登場です。
「どうも、師匠です。おいらは、こんな弟子と違って、コップなんて小さな手品じゃありません。どんぶりです、どんぶり」
「やめときなよ、くまさん」
「さあさあ、この大きなどんぶりにナミナミと注いでおくんなさい」
運の悪いことに、くまさんの隣りにはお茶を組みに回っていた女将さんが来ていました。
「変わった人だね。どんぶりで、熱いお茶を飲みたいのかい。そらよ」
そう言うと、くまさんの持っていたどんぶりにアツアツのお茶をナミナミと…