網焼亭田楽の新作噺

「夢のある話」   by 網焼亭田楽

「おい、はっつぁん」
「なんだい、くまさん」
「世の中もこう不景気になってきたんじゃ、今年のクリスマスもさびしくなりそうだね」
「ああ。クリスマスに苦しみますじゃ、洒落にもなんねえ」
「ケーキぐれえは食べてえよな」
「食いてえな」
「大晦日には、そばだって食べたいし、正月には餅だってほしいよな」
「ぜひ、食いてえもんだ。正月には酒だって飲みてえしな」
「そこでおいらは考えた」
「ほほう。何を考えたんだい」
「決まってるじゃねえか。金儲けの方法だよ」
「はっつぁんよ。そんなものがあるんなら、誰も苦労はしないだろ。金が儲からないから、クリスマスや大晦日や正月の心配をしてるんじゃないか」
「だから、おめえはいつまでたっても貧乏なんだよ。いいかい。いくら不景気の世の中ったって、あるところにはあるんだよ」
「ああ、あるところにはあるだろうさ。ただ、俺たちのところにないだけだ」
「そこで、あるところから俺たちのところへ回ってくるようにすればいいわけだ」
「はっつぁん。そいつぁいけねえ。盗人だけにはなっちゃいけねえってのが親の遺言だ」
「ばかだねえ、こいつ。誰が人さまのものを盗むって言った。盗むんじゃなくて稼ぐんだよ」
「すると何かい。あるところの人さまの金をないところの俺たちに回ってくるようにあることをして稼ごうってことかい」
「くまさん、ものわかりがいいじゃねえか。で、わかったのかい」
「ちっともわかんねえ」
「だめだね、こりゃ。つまり、ああしてこうして…」
「なるほど。そいつぁ、いい考えだ」
くまさんは、何やら考えついたようです。仕事がなくて暇をもてあましている二人のことでございます。どうせろくな考えではないのでしょうが、ちょっと気になるところです。
「くまさん。こんなことで、本当に上手くいくんかい」
「あたりめえじゃねえか。おいらが今まで間違ったことを言ったことが一度でもあったかい」
「覚えてねえ」
「だろ。1度だってありゃしねえんだ」
「いや。ありすぎて何回あったか覚えてねえ」
「まあ、過ぎ去った過去のことなんか気にしててもしょうがねえ。おれたちゃ今を生きているんだ。まず、金のありそうなやつを見つけるだろ」
「そんじょそこらにいるわけでもねえし、そんなにすぐ見つけられるもんかい。ほら、むこうから来るやつだって、ずいぶん景気が悪そうだ。真夏でもねえのに黒めがねときたもんだ。もぐらじゃあるめえしな」
「あれ、レイバンじゃないか」
「それに、今どき腕時計なんかあんまりしねえだろ」
「カルチェっぽいな」
「しかも、この暖冬にえりまきなんかしてやがる」
「シャネルにちげえねえ」
「ポケットから財布は見えてるし、キーホルダーだって落っこちそうじゃねえか」
「財布はヴィトン、キーリングはプラダだな」
「男のくせにバッグなんか持ちやがって」
「どう見てもエルメスだろ」
「でえいち、革靴ってのが気にいらねえ」
「グッチじゃねえか」
「あんなやつぁ、金なんか持ってるはずがねえ」
「おかしいだろ、おめえの金銭感覚」
「そんなもんかい。で、金のありそうなやつを見つけたらどうするんだい」
「もう忘れちまったのかい。物覚えの悪い奴だね」
「それだけがとりえです」
「誰も褒めちゃいねえよ。いいかい。金のありそうな奴を見つけたら、まずこう尋ねる」
「そうだ、そうだった。思い出したよくまさん。そいつに向かって、こう言うんだったな。『お前さん、ずいぶん羽振りがよろしいようだが、何かうまい金儲けのコツでも知っているのかい』とかなんとか言うんだったな」
「なんだ、覚えてるじゃねえか。それから、それから」
「なんてったって、相手は金持ちだ。身に覚えのあることが一つや二つはあるってもんだ。だよな、くまさん」
「あたぼうよ」
「しかも、この不景気に金持ちってこたあ、身にやましいことだってきっとある。ほんとかね、くまさん」
「ああ、あるに決まってる」
「そうは言っても、素直に話してくれるはずもねえ。ってことだよな」
「ああ、そうだよ。ここからが肝心なんだ。そこで、伝家の宝刀である名文句を…、いけねえ。もう、来ちまった。じゃあ、がんばんなよ、はっつぁん。物陰から応援してるからな」
「おい、おい。俺一人でやるんかい。まだ、セリフを全部覚えちゃいねえんだ」
そう言っているうちにも、ブランドで身を包んだ男は近づいてまいりました。
「弱ったねえ。来ちまったよ。しょうがねえなあ。もう、こうなりゃ当たってくだけろだ。もし、おあ兄さん」
「なんでしょう」
「ちょっくら、お聞かせ願いたいんですが」
「はあ。どこかで、お会いしたことでもありましたでしょうか」
「いや。お会いしたことはねえんですが、ちょいとお尋ねしてえことがございまして」
「ああ、取材ですか。するとあなたはレポーターさんですね。どうりで、見るからにこざっぱりとした格好をしていらっしゃる」
「いや、それほどでも」
「しかも、見ず知らずのあたしに声をかけるタイミングなどは、天下一品。何の警戒心もなく答えてしまいましたよ」
「そんな、とんでもない」
「あなた様のようなお方は、レポーターにしておくにはもったいない」
「またまたあ」
「きっと、お仕事もできる人なのでしょう」
「そんなことありませんよ」
「ってことは、そこそこお金も持ってらっしゃるに違いない」
「そんなことありませんってば」
「あたしも、是非あなた様のようなお方にあやかりたいものです」
「そうですかあ」
「ここで会ったのも、何かのご縁。あたしもあなた様のようなお金持ちになりとうございます。無理にとは申しませんが、できればあたしにも金運が回ってきますように、あなた様のお財布に入っているものをおすそ分けしていただくわけにはまいりませんでしょうか」
「そこまでおっしゃるんでしたら、少ねえがこれ持ってっておくんなさい」
「本当でございますか。一生のお守りにさせていただきます」
そういうと、ブランド男はさっさと走り去っていきました。
「はっつぁん、はっつぁん。上手くいったかい」
ボーッとしているはっつぁんに、隠れていたくまさんが呼びかけました。
「いやあ。ばっちりだよ」
「そうか。で、いくらだった」
「有り金全部」
「そりゃあ、気前のいい話だ。やればできるじゃねえか、はっつぁんも」
「それほどでもねえけど」
「じゃあ、半分よこしな」
「何を?」
「分け前だよ。おいらが、教えてやったんだろ」
「そうか、そうだったな。収支を山分けするって話だったな」
「何むずかしいこと言ってるんだい。そうさ、忘れちゃいけねえよ。つらい時も苦しい時もおれたちゃ分かち合ってきた仲じゃねえか。早く、半分よこしな」
「くまさん。レポーターにしておくにはもったいねえ」
「おいらはレポーターなんかじゃねえよ」
「さぞかし、仕事もできるお方だ」
「何言ってんだよ」
「きっと、お金持ちにちげえねえ」
「金がないから、三文芝居をやってるんじゃねえか」
「できればあたしにも金運が回ってきますように、あなた様のお財布に入っているものをおすそ分けしていただくわけにはまいりませんでしょうか」
「はっつぁん。あいつにそう言われたのかい」
「大変気分がよござんす」
「まさか、相手を褒め殺して金をもらおうってのが、逆に金払っちまったのかい」
「まさに、その通り」
「バカだね、おまえ」
「一瞬とはいえ、なんとも言えぬ夢心地。夢なら、いっそさめないでおくれ」
「おいおい。夢ならいいが、現実だよ。どうすんだよ、有り金全部はたいちまって。おめえ、これで一文なしじゃねえか」
「大丈夫、つらい時も苦しい時も分かち合う。半分はくまさんから返ってきます」