網焼亭田楽の新作噺

「お正月にはタコあげて」   by 網焼亭田楽

お正月というものは誰にとっても楽しいものでございます。
どもはと言えば、学校は休みになるわお年玉はもらえるわの大はしゃぎ。若い人たちはってえと、オールナイトでカウントダウンだの初詣だのと騒ぎまくっております。大人にしたって、ここぞとばかりに朝から酒を飲みまくり、奥方にとってもおせち料理という強い見方がございまして、比較的のんびり過ごせるのでございます。おじいちゃんおばあちゃんはと言えば、孫の顔をおがめる楽しい楽しい日なのでございます。
しかし、世の中そうも浮かれておれぬ人がおりまして、ここに一人の寂しい男がおります。正月そうそう、何やら愚痴をこぼしているようでございます。


「なんだい、なんだい。みんな楽しそうにしやがって。おれは、正月だってのに一人ぼっちじゃねえか。正月なんてくそ食らえだ。いっそ、事業仕分けでなくなっちまえば良かったのにな」
男は、こたつの中で一人くるまっておりました。
「まったく、去年から今年にかけてロクなことがねえな」
事実、その男はクリスマスも一人、大晦日も一人、必然的にお正月も一人なのでございます。この分では、節分も一人、バレンタインデーも一人、ひな祭りも一人ならホワイトデーも一人であろうことは容易に想像がつくというものです。
「このままじゃあ、いけねえな」
この悲惨な現状を、男は変えようと考えておりました。
「そもそも、金を持ってねえってのが一人になっちまう原因だ」
本当の原因は違うような気も致しますが、まずは続きを聞いてみましょう。
「金さえあれば、クリスマスだって綺麗なお姉ちゃんのいる店で過ごせただろうし、大晦日だって気の利いたママのいる店でカウントダウンができたはずだ。正月にしたってディズニーランドで金に物を言わせてナンパのしたい放題じゃねえか」
そんなに上手くいくとも思えませんが、ますます本題から遠ざかっていくような気がします。とは言うものの、もう少し聞いてみることに致しましょう。
「金さえあれば、正月には見ず知らずの子どもにだって景気よくお年玉を配ってやるだろう」
いいところもあるではございませんか。
「するとどうだい。今までは見向きもしなかった俺に、子どもたちは遊んでくれ、遊んでくれとせがむじゃねえか」
そんなものでしょうか。ちょっと妄想が入っているかもしれません。
「羽子板だのコマまわしだのを教えてやってると、『あら、今どきなんて優しいお方なの』って、子持ちとは思えねえほどの美人妻が集まってきやがる。『うちの主人ときたら、正月から一人でゴルフに行っちゃって』とかなんとか言いながら、いつのまにやら俺のまわりはハデな化粧にきわどい服を着たマドンナたちの人だかりだ」
凄いことになっていますね。ここまでくれば、立派な病気でございます。
「『ちょいとそこの素敵なお兄さん。今日はお正月だから、タコを天高くあげてもらえないかしら』なんてミニスカートにキャミソール、真っ白なカシミアのマフラーに包まれた美女が寄ってくる。せっかくのお望みですが、残念ながらタコの持ち合わせがございません。タコさえあれば、あの大空に8の字だって描けますし、ご希望とあらばハートマークを記すことだってできるんですがとブチ自慢をしてみせる」
大丈夫でしょうか、この男。どうにも際限がございません。
「『まあ、素敵。ちょうど、ここにタコがあるの』と右手からやおらタコがでてきちまった。えっ、なんですって、ちょいと見せておくんなさいなんて言いながら、タコを手に取って見てみる。こいつはいけねえ。残念だな娘さん。こいつは洋ダコ、あっしの得意なのは和ダコなんでさあ、なんて苦し紛れの言い訳をする」
変な奴でございます。自分の妄想の中で自分を追い込んでおります。
「『あら残念ねえ。タコはあと一つしかないの』って、今度は左から和ダコが出てきやがったよ、おい。ああ、どうしよう、どうしよう。何か上手い言い訳はないものか」
この男、妄想の中で汗をかいております。
「娘さん。ご免なすってください。あっしは、これから仕事に行かなけりゃあならねえんだ。せっかくの腕前を見せれずに、どうか勘弁してやっておくんなさい。『まあ、重ね重ねの残念無念。せめて、せめてあなた様の』お名前をってくるしかねえだろう。『あなた様のお仕事を』って変な方向にきちまったな。弱ったぞ。正月そうそうの仕事ったって、そうあるもんじゃねえしな。うーん、正月、正月。正月と言えば初詣だ。初詣につきものと言えば、そうだ屋台だ。娘さん、あっしはしがないタコ焼き売りでございます。『まあ、あたしタコ焼き大好き』タコ焼きったって、そんじょそこらのタコ焼きとはわけが違います。普通は穴ぽこのあいた鉄板で焼くんですが、なんてったって今日はお正月。毎年お正月だけは、大きな大きなタコ焼きをこさえるんでさあ。『まあ、そんなに大きいんですか。でも、それでは焼けないのではありませんか』何をおっしゃる娘さん。焼こうなんて考えちゃいけませんぜ。お正月にはタコ揚げているんです」