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賢明な選択   by 夢野来人

 ある日、村人は誤って湖に携帯を落としてしまった。すると、湖の中から女神様が現れ、村人にこう言った。
「おまえが落としたのは、この金の斧か。それとも、こちらの銀の斧か」
村人は考えた。
*****おいおい、冗談じゃねえ。今どき斧なんて持ってる奴はいねえだろ。ましてや、金の斧、銀の斧なんぞ使い道があるはずねえし。それに、本当の女神 様なら、オラが落としたものぐれえ、わからねえはずがねえ。オラが落としたのは携帯だよ、携帯。つまり、この女神様はどう考えてもニセモノだ。するてえ と、この高そうな金の斧、銀の斧はいったいなんだ。そうか、売り物だな。そうに違えねえ。そいつをオラに選択させるということは、早い話がどちらかを買 えってことだ。こいつは新商法かもしれねえな。うっかり「金の斧」とでも言っちまった日には、後になって目ん玉が飛び出るぐれえの請求書が届くって寸法 だ。かといって、いらねえとでも言おうものなら、相手は湖の水面に浮かぶほどの能力の持ち主だ。オラの顔が、次の日に海老蔵みたいになっちまうってもん だ。やれやれ弱ったぞ、どうしたものか。ええい、どうせ何かを買わされるんだ。それなら安いにこしたことはねえな。*****
「私が落とした物は、もっと古びた鉄の斧でございます」
*****どうだ。これで請求金額は、ぐっと落ちるはずだ。鉄の斧なんていらないが被害を最小限に食い止めるためだ。多少の犠牲はしかたねえ。金の斧や銀の斧を買わされてはかなわねえからな。まさに究極の賢明な選択だ。*****
すると、女神様はすかさずこう言った。
「おお。なんと正直な村人よ。おまえには、金の斧、銀の斧、両方を授けよう」
「ひえ〜。それだけは、ご勘弁を…」