ショートショート

新発明   by 夢野来人

「やったぞ、ついに完成だ」
「やりましたね、博士。今度は何の薬を作ったのですか」
 研究室の中に目新しい物体はなく、薬品らしき液体の入った容器もない。
「わしが、いつもいつも薬を作っておると思ったら大間違いじゃ。今度のはすごいぞ」
「今回も極秘任務はあるのですか」
 とにかく極秘任務の好きなお二人ではあるが、今度はちょっと様子が違う。
「ふふふ。極秘任務など吹き飛んでしまうぐらいの大発明じゃ」
 まさに、吹けば飛ぶような極秘任務ばかりではある。
「これを見よ」
 博士は、右手を誇らしげに突き上げた。その手の中には、何やらスイッチらしきものが握り締められている。
「何ですか、そのリモコンみたいな物体は」
 助手でさえ、博士の発明には検討がつかない。
「これこそ、前代未聞、空前絶後、それから、え~と、え~と」
「何でも良いですから、早く教えてくださいよ」
「まあ、そうあせるでない。このスイッチは、おまえに持たせてやるからな」
「えっ。やっぱり、私ですか」
「そう驚くことでもないだろう」
「ええ。だいたい予想はできましたから」
 いつも、実験台となるのは助手である。
「しかし、いつもとは少し違うぞ」
「何が違うんです」
「今回の実験は、その影響力はこの部屋全体に及ぶのじゃ」
「この部屋全体ですか。じゃあ、博士にも」
「もちろんじゃ」
「それだけ、安全ということですね」
「人聞きの悪いことを言うでない。まあ良い。さあ、これを持つが良い」
「やっぱり、私なんですね」
 助手はしぶしぶスイッチを持った。
「さあ、スイッチを押しておくれ」
「わかりました。それでは、スイッチ、オン」
 助手がスイッチを押すと部屋中の景色が一変した。そして、どこからともなく声が聞こえてきた。
『世界天気予報のお時間です。まずは、アフリカサバンナ地方の天気からお伝え致します』
「おい。早くチャンネルを変えろ。部屋中、むし風呂のようになってしまうぞ」
「えっ、何ですか。とにかく変えますよ」
―ピッ―
『今日は南極の白熊の生態についてお届け致しましょう』
「ダメだ、ダメだ。凍ってしまう」
―ピッ―
『ここで、○○族の大人の儀式、バンジージャンプを…』
「やめてくれえ。わしは、高い所は大嫌いなんじゃ」
―ピッ―
『さあ、今宵もサスペンス劇場の時間がやってまいりました。今日は、全米を震撼させたホラー映画の大作…』
「もう良い。スイッチを消してくれえ」
―ピピピッ―
「博士、失敗ですか」
「ああ、リアリティがありすぎだな。これでは命がいくつあっても足りぬ。無理があったな。この3D体感機能付テレビ」
 博士は、実験の失敗に落胆し研究室から出て行った。
「こんな、面白いものないじゃない。博士は失敗って言ってたけど、これはいけるぞ。一人で遊んでしまえ」
―ピッ―
『今日は、最後の秘境アマゾンの大洞窟に潜入したいと思います』
「いやあ、すごいなあ。真っ暗で何も見えないぞ。あっ、こうもりの目だけが光ってる」
―ピッ―
「ほうら、やっぱり面白いじゃないか。それ、もういっちょう」
―ピッ―
『今日は、深海鮫の出産の模様を…』
「ぐぶぐぶぐぶ。息ができない」
 ポトッ
「しまった、スイッチを落としてしまった。私泳げませ~ん。ぐぶぐぶぐぶ…