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愚かな選択   by 夢野来人

人間とは愚かな生き物。選択と言うことに関しては、特に苦手なようである。
「お礼に、この大きなつづらと小さなつづら、どちらでもお好きな方をお持ち帰りください」とでも言われようものなら、たいていの人は迷ってしまう。心の底で欲しいのは、もちろん大きなつづら。しかし、そこで『はしたない』とか『欲張りだ』とか思われたくないため、ついつい「では、小さなつづらの方を」などと言ってしまう人も多い。お礼にくれると言っているのだから、本来はどちらも良いものでなくてはならない。また、お礼をするつもりがないならば、どちらにも変なものを入れておけば良い。そもそも、中身がわからないものを選ばせること自体、不親切だ。一つにはとても良いものが、もう一つにはとても変なものが入っているものを選ばせるというようなイチかバチか的な選択を強要させるとは、もはや一種の罰ゲームである。ロシアンたこ焼きと変わらない。こういう選択は、お礼としてではなく、罰として使用するべきである。
ここに、一人の死刑囚がいる。執行当日、最後の願いをかなえてくれるという。その願いは、二者択一になっていた。
「さあ、最後にどちらかの願いをかなえてあげます。隣の部屋に二種類の小説が用意してあります。一つは長編小説、もう一つは超短編小説。どちらでも好きな方を選びなさい。その選んだ小説を読み終えた時、それがあなたの死刑執行の時となります」
死刑囚は生きる気力を失っていた。―――どうせ死ぬんだ。それが、数時間延びようがたいしたことではない。それに、読書は嫌いだ。長編小説を読んで時間をかせいだところで、死ぬ前に頭が痛くなるだけだ。最期ぐらい笑って死にたい。――― 死刑囚の選んだのは、超短編小説であった。
『カラン、カラン。カラン、カラン。大当たり~』
突如として、賑やかしいファンファーレが鳴り響いた。
「どうしたんですか、牧師さん」
死刑囚は、驚きの色を隠せなかった。
「おめでとうございます。超短編小説、こちらの方は大当たりです」
「何が当たりなのでしょう?」
「超短編小説は、全百二十三巻。それが、古代ギリシャ語、ヘブライ語、ハングル語など百二十三カ国の言語で書かれております」
「そんなのは読めません。では、早く死刑執行ということで」
「そんな勝手なことはできません。規則ですので」
「でも、読めないものは読めないんです」
「大丈夫です。超短編小説には、素晴らしい付録が付いているんです」
「この後におよんで、付録などもらっても仕方ないでしょう」
「いえいえ、そんなことおっしゃらずに、とても役に立つ付録なんです。なんと、世界各国の言語を日本語になおせる辞典が百二十三巻。今ならもれなく付いてきます」
死刑囚は、イヤな予感がした。
「まさか、これを私に全部訳せとでも言うんじゃないでしょうね」
「またまた、大当たり~」
 死刑囚の選択は、はたして正しかったのだろうか…。