ショートショート

高齢化社会   by 夢野来人

「最近、年をとったせいか、どうも眠気が…」
白髪まじりの老人はつぶやいた。老人ならずとも、近頃やたら眠気の症状をうったえる患者が多い。科学の進歩は長寿の薬を発明するとともに、眠らなくても良い不眠の薬をも発明した。ただ、副作用がないというわけにはいかなかった。長寿の薬は老人の人口比率を飛躍的に増加させ、不眠の薬はといえば、一生の約三分の一を眠って過ごしていた人類にとっては、二分の三倍つまり一・五倍の早さで老化が進む結果となった。今や四十才の人の風貌は一昔前では六十才に見えてしまうほどである。しかし、発達した医学により、なかなか死なせてはもらえない。平均寿命が二百才に届こうとしている現代においては、五人に四人までもが老人となってしまったのである。
白髪まじりの患者も、年齢はまだ四十五才。二十一世紀では働きざかりだったはずである。それが、今や働きざかりは二十代。三十才になると初老。四十を超えれば、あとはもう年金暮らしのご老人である。ご老人といっても、眠らなくて良いので暇で仕方がない。暇で暇で仕方がないといった人が、世の中にあふれているのである。
「眠気自体は、病気でもなんでもありませんよ。むしろ、健康な証拠です」
私は、いつもこう答えることにしている。
「でも、先生。眠いんです。なんとかならないでしょうか」
今日の患者は、少し手強いようだ。
「私たちは、科学の進歩によって眠らなくても良い身体になったのですよ。二十四時間働けるのです。素晴らしいことではありませんか。睡眠などという無駄な時間はとらなくても良いのです。多少の眠気ぐらいは、我慢してもらわなくては」
「そうはおっしゃいますがね、先生。あたしたちは、もう働く必要がないんです。働きざかりのころは、確かにありがたいと思ってました。なにしろ、不眠不休で働けるんですからね。でも、年をとった今となっちゃあ、この一日二十四時間って時間が、どうにも長く感じてしまうのです。しかも、いつも眠気がおそってくるんです。それでいて、眠ることもできない。あたしたちは、いったい何をすればいいんでしょう」
「なるほど、そういうことでしたか。で、治療してほしいのは、眠気を感じなくしてほしいということですか? それでしたら、感覚を麻痺させてしまう良い薬がありますが」
「そうじゃないんですよ。眠気は、いたしかたないとして、暇なのがいけないんです。働いていた時は、多少の眠気など気になりませんでした。何しろやらなければならないことが山ほどあって、それを四十年間処理しつづけていたのですから」
「そうでしょう、そうでしょう。だから、残りの百六十年間あまりは遊んで暮らしていただこうというのが、今の政治方針ではありませんか。それなりの年金だって支給されているはずですよ。それとも、お金にお困りでも」
「いいえ。生活するには十分な年金を支給されております」
「それでは、悩むことなど何もないではありませんか」
この患者、かなりの贅沢病ではないだろうか。それとも暇つぶしに医者をからかいにでもきたのだろうか。
「それがね、先生。なんていうか、こう生きがいみたいなものがないんですよ。生きている実感というか…」
「脈拍六十、血圧百二十五、心電図異常無、血糖値、肝機能正常、視力、聴力正常範囲内。どこから見ても健康体ですよ。りっぱに生きてらっしゃる。この数値をみれば、生きてるって実感が湧いてくるじゃあありませんか」
「そんなもんなんでしょうか」
このご老人、まだ納得がいかないようである。
「わかりました。では、変なことに悩まないように、お薬をだしておきましょう。ただし、薬は一回分だけです。それも、どうしてもがまんができなくなった時にしてくださいね」
「先生、ありがとうございます」
「はいはい。じゃあ、薬と使用法は宅配便でお送りしておきますからね」
まったく、最近の老人ときたら手がかかるなあ。まあ、いいさ。そのうちに、悩みなど忘れてしまうだろう。


「こんにちは、宅配便でーす」
「おお、おお。もう来たか」
「○×病院からのお届物、こちらにおいてまいりまーす」
老人の家の玄関には、一粒の錠剤とともに[この薬の使用法と使用上の注意]という本が全千八百八十七巻届けられていた…