「起きなさい詩織。遅刻するわよ」
平和な睡眠を邪魔する悪魔、私の母親の声である。
「もう少しだけ」
はかない抵抗を試みてはみたものの、願望が成就されないことは知っていた。毎朝、私の至福の時間をかき消す悪魔か、もしくは絶対的神ともいうべき声である。
「いつまで寝てるの。どうせまた、睡眠ダイエットでもしていたんでしょ」
図星である。最近、私はこれにはまっている。なにしろ、寝ているあいだに痩せられるというのがうたい文句の商品だ。他にも、睡眠映画、睡眠遊園地、睡眠…など寝ているあいだにいろいろな体験ができる商品が人気である。今、私は睡眠ダイエットに夢中なのである。
「起きた、詩織」
「はいはい。わかりましたよ」
寝ているあいだにダイエットできるのは嬉しいけれど、起きたときにグッタリ疲れちゃってるのよね。
「いつまで寝てるの。どうせまた、睡眠映画でも見ていたんでしょう」
これまた図星である。睡眠映画を見ながら睡眠ダイエットをしていたのである。
「起きた、詩織」
「わかってますってば」
睡眠ダイエットも疲れるけど、睡眠映画も大変なんだから。長時間見ていると、背中や腰がいたくなっちゃうんだから。
「いつまで寝てるの。どうせまた、睡眠遊園地で遊んできたんでしょう」
いちいち図星である。睡眠映画を見ながら睡眠ダイエットをした後で、睡眠遊園地で遊んできたのだ。
「起きた、詩織」
「もういや。目が覚めちゃったわ」
せっかくの睡眠で疲れた体を癒そうと思っていたのに。
「いつまで寝てるの。どうせまた、睡眠睡眠でも買おうと思っているんでしょう」
睡眠睡眠とは、睡眠中にいろいろな体験をして疲れてしまう人向けに、睡眠中に深い睡眠ができるようプログラミングされた新製品である。次に買うのは、睡眠睡眠と決めている。
「起きた、詩織」
「はい。完全に起きました」
母親の声を五分も聞かされれば、否が応でも起きてしまう。
「いつまで寝てるの。どうせまた、母親の声…」
*** プチッ *****
私の右手は、いつものように黒いボタンを押した。
「スヌーズ終了。これさえあれば、遅刻しなくてすむわ」
私は今、母声目覚まし時計に夢中です。