ショートショート

こぶじいさん  by 夢野来人

「ねぇ。このぬいぐるみ、どうして、こんなところにコブがあるの」
「それはね…」
  ※  ※  ※
むかし、むかし、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。
おじいさんはいつものように山へゴルフをしに、おばあさんは川へスイミングをしにやってきました。
すると、川上から大きなトマトが、どんぶらこ、どんぶらこ、お池にはまってさあ大変と流れてきました。
おばあさんは、泳いでそのトマトを捕獲しにいきました。でも、川の流れは急です。トマトは何とかキャッチしましたが、持ったままでは急流を泳ぎきることができません。
そこで、おばあさんは陸の方へめがけ、大きなトマトを投げつけました。
トマトは大きな放物線を描き、見事陸地へランディング。
*** パカッ *****
その衝撃で、トマトにヒビがはいってしまいました。
おばあさんも急流の中、クロールで岸までたどり着きました。
ちょうどそこへ、おじいさんがゴルフから返ってきました。
「どうしたんじゃ、ばあさん」
「それが、大きなトマトが川上から流れてきたのですよ」
「それを得意のスイミングで取りに行って、自慢の肩でここへ投げつけたというのじゃな」
なんとも物分りのいい、おじいさんです。
「それにしても、おじいさん。早いお帰りですね」
「ああ。今日は朝寝坊してしまって、ゴルフ大会に間に合わなかったんじゃよ」
「まったく、しょうがありませんね。でも、ちょうど良かったわ。この大きなトマトをうちの庭まで運んでくださらないかしら」
「そんなことならお安い御用だ」
そういうと、おじいさんはトマトをコロコロ転がして運んでいきます。
「ああ、ダメよ、おじいさん。そんなことして、中に赤ん坊でも入っていたらどうするの」
「大丈夫、大丈夫。これは桃じゃないんだから。はっはっは」
ノー天気というか、天然というか、そういう言葉は、この老夫婦のために生まれたのではないでしょうか。
すると、トマトのヒビがだんだん大きくなってきました。
「おじいさん、危ないですよ。もうすぐ割れそうよ」
「それは危険だ。ばあさんや、こんな時になんだが、わしの話を聞いてはくれんか」
いよっ、この女殺し。身の危険を感じつつ、日頃から世話になっているおばあさんに、感謝を込めた愛のささやきでもするのでしょうか。
「いやですよ、おじいさん。こんな時に」
おばあさんも、それを察知して、まんざらでもなさそうです。
「なあ、ばあさん」
「なんですか、おじいさん」
「そろそろトマト転がすのを交代してくれないか」
「おじいさんのバカっ!」ピシャッ!
  ※  ※  ※


「だから、このぬいぐるみ、ホッペが赤く腫れているのね」
「そうだよ。このホッペは、おばあさんにぶたれてこぶになったんだね。でも、その後おじいさんは、まじめな職人になったという話だよ」
「素敵なお話ね。おじいさんも、きっと反省したのよね。気に入ったわ。ひとつちょうだい、リボンも付けてね」
「そんなことならお安い御用だ」
そう言いながら、おじいさんは手際よくラッピングを始めました。よく見ると、おじいさんのホッペには、見事な職人技で作られたぬいぐるみと、同じところにコブがあったのでしたとさ。


めでたし、めでたし。