「まだ、赤ん坊にしか見えないな」
「どう見ても赤ちゃんよね」
保育器の中の赤ん坊を見つめ、夫婦はつぶやいた。
「いくら科学が発達したとはいえ、こんなことがあって良いものか」
「でも、あなたのおじいちゃんの研究でしょう」
「ああ。なかなか偏屈な科学者だったらしい」
「天体時間と体内時間の特殊相対性なんとかかんとかって言ってたわね。私には良くわからないけど」
「つまり、こういうことさ。人は楽しい時は早く過ぎ去ってしまい、逆に辛い時は長く感じるだろう」
「それは、そうね」
「おじいちゃんは、それらは早くとか遅くとかを感じるだけでなく、本人の体内時間では実際に時が早く流れていたり、遅く流れていると仮定した」
「そんな、バカげてるわ」
「一概に、そうも言えないだろう。やる気があってエネルギッシュに楽しく生きている人は若々しく見えるし、苦労を重ねてきた人は老けて見えるだろう」
「そんな気もするけど」
「おじいちゃんの研究によると、人は赤ん坊として生まれる直前がベストな状態で、生まれた瞬間からストレスに応じて老化をしていくという理論だ」
「赤ちゃんから老化ですって?成長と言うんじゃないの。成長しなければ交配もできなくて、人類は滅んでしまうわ」
「今では人工受精の技術も発達しているんだ。赤ん坊からでもできる。種を存続させるのに、交配は必要ないのさ。それより問題は、赤ん坊が幸せを感じているかどうかだ。いずれにせよ、ストレスを受けると脳内に特殊なホルモンが分泌され、老化を促す。そこで、おじいちゃんは考えた。赤ん坊からストレスをなくしてしまうとどうなるか」
「まさか、老化も止まるってことでは」
「そうさ。それが、この子だ」
「この保育器がストレスをなくす働きをしているのね」
夫婦は再び、保育器の中を覗き込んだ。
「まだ、赤ん坊にしか見えないな」
「どう見ても赤ちゃんよね」
「これで50歳なんて、誰も信じないだろうな」
「私だって呼べないわ。この子を『お父さん』なんて…」