ショートショート

憧れの力   by 夢野来人

「次の方どうぞ」
まったく、どいつもこいつもくだらないことばかり言いやがって。少しは、まともなことを考える奴はいないのか。
「すいません。願い事をかなえて下さるというのは、本当なのでしょうか」
「はい、本当ですよ。さっさと、願い事を言って下さい」
「お代は、死後の魂でよろしいのでしょうか」
まただ。そんなシステムは当の昔になくなっているというのに。
「そんなものは要りません。今では死後の魂も溢れていまして、処分をするにも費用がかかるんです」
「では、いったい何を差し上げればよろしいのでしょうか」
「何も要りません。あなたは願い事を言う。私が願い事をかなえる。ただ、それだけです」
「それでは、商売になっていないではないですか」
まったく、最近は疑り深い奴が多いな。
「いいですか。最近は、調べたいことはたいていネットで調べることができるでしょう。しかも無料で。知ってる人が知らない人に、ほらすごいだろうって教えてあげるんです。願い事も同じです。かなえることができる人がかなえることができない人に、ほらすごいだろうってかなえてみせるだけのことです」
「すると、自己満足の世界ということになりますか」
「厳密に言えば広報活動です。魔界の力を人々に知らしめ、市民権を得るという目的があります。最近は天界ばかり人気がありますんでね」
そのために、無料願い事かなえ係ってのがあって、運悪く俺がその係を頼まれてしまったのだ。しかも、この係は究極の窓際族と呼ばれており、なかなか抜け出すことができない。俺の前任者は10年もこの退屈な仕事をしていたそうだ。俺はまだ1年。いったい、いつまで続くのだろう。
「どんな願い事でもかまいませんでしょうか」
「ああ、なんなりと言って下さい」
半ばヤケクソだ。どうせつまらない願い事だろう。
「実は、どんな願い事をしても、それがかなえられたところで一度っきりのことではないですか」
ほほお。面白くなってきたぞ。
「確かに、そうですね」
「そこで、もしも可能ならばで結構なのですが、私に何でもかなえることができる力を授けてもらうわけにはまいりませんでしょうか。ええ、ええ。もちろん無理にとは申しません」
いるじゃないか、いるじゃないか。待ってたんたよ、こういう奴を。
「もちろん、可能ですよ」
ああ、笑いがこぼれそうだ。気付かれないように平静を装わなければ。
「本当ですか。では、ぜひお願い致します」
「しかし、特別な願い事なので、一つだけ条件があります」
「やっぱり、死後の魂ですか。それとも、お金が必要なのでしょうか」
「どちらも要りません。ただ、あることを一つだけ頼まれてほしいのです」
「一つだけでよろしいのですか」
「ええ、一つだけ」
「それはむずかしいことですか」
「何でもかなえることができる力を授かったあなたなら、たやすいことです」
「わかりました。憧れの力を得るためです。頼まれ事の一つや二つ」
「一つだけでいいですよ」
「何と寛大なお方だ」
「では、かなえて差し上げます」


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「次の方どうぞ」
まったく、どいつもこいつもくだらないことばかり言いやがって。少しは、まともなことを考える奴はいないのか。
「それにしても、早く現れてくれないかな。何でもかなえることができる力を授けてほしいという欲の深い奴は。そうすれば、この退屈な係を交代してくれと頼めるのだが。俺の前任者はたった1年で…」