Mirubaのワルツィングストーリー

ラノビア  by Miruba

♪ラ・ノビア <このページの下のyoutubeでお聴きいただけます>

弘子には好きな人がいた。


看護師として勤めている病院の形成外科医がその相手だったが、恋人である亮輔は、院長の娘と結婚していた。


その亮輔の妻に、弘子との3年越しの関係がばれそうになり、弘子はカモフラージュのために、お見合いで結婚をしてしまった。


相手は誰でも良かったので、ろくに写真も見ずに結婚したが、どうしても好きにはなれなかった。新婚旅行のときも、調子が悪いからと訴え、ベットも別にした。


ベットの中では、彼女の為のウエディングベルがなる教会で、同僚として参列していた亮輔が、悲しそうに弘子を見ていた顔を思い出しては、涙にくれていた。


十字架の前で、流した涙は、懺悔の涙だったのか、何のための後悔の涙か?弘子自身つかめなかった。


弘子は働いていた病院を変えたが、仕事はやめなかったし、一応真面目に、主婦もした。
そして、恋人亮輔との逢瀬も続いていた。


特別に連絡を取り合わなくとも、二人が隠れていつも待ち合わせをしたカフェにいけば、マスターが伝言を伝えてくれた。
「お連れ様は、明日6時、いらっしゃるそうですよ。」


結局、偽りの結婚をしても、お互いに別れる事が出来なかったのだ。では、何もかも捨てて二人でやり直せばいいのに、それは出来なかった。




休暇を利用してグワムで落ち合ったことも、友人と行くといってヨーロッパで待ち合わせしたこともあった。
8年ほど過ぎたころ、ある北の海辺のホテルでボヤ騒ぎがあった。
二人は煙にまかれた。


亮輔は、義理の父親である院長の逆鱗に触れたが、娘が「彼とは別れない」というので、ニューヨークに夫婦で行かされることになった。
一応スキルアップへの留学という名目だったが、世間の目を気にしてのことだったろう。






弘子は、火事騒ぎで階段から転げ落ち、半身が麻痺してしまった。病室で涙に明け暮れる彼女。リハビリなどとてもする気になれず、_死ねばよかった_と、何度も思うのだった。


泣き疲れて寝ていた弘子は、ふと目が覚めた。
夕焼けのオレンジの光が病室に差し込み、その美しさに見惚れていたときだ。かすかな感触が、痺れていた手に感じる。


目をやると、その傍らに、彼女の夫がいた。


弘子の麻痺した手や足を、一日中さすっていた。
誰かがいるとは思ったが、彼女は夫の存在を意識していなかった。


なのに・・・


オレンジ色の日差しの中にあり、
夫の顔は気高く、ひかり輝いて見えた。
_この人はなんと、心の広い男なのだろう。
それに比べ、歪んだ私の心_


懺悔にあたいしない、神の罰だったに違いない。
痺れていた手を必死に動かし、夫の手を取った。


「あなた、ありがとう」


夫は驚いた顔で彼女を見たが、弘子の目の真実に気がついたふうで、嬉しそうにうなづいた。
_私はこの人の愛情をうけ愛を育んで来ていたのだ_
弘子は、初めて夫の顔をまじまじと眺め、その存在の大きさに気がついたのだった。夫の支えもあって、彼女は1年で完全にもとの体に戻ることが出来た。


夫が、趣味で社交ダンスをしていることを、弘子は初めてのことのように知った。最初は夫を喜ばせたくてはじめたダンスだったが、その面白さに弘子もすっかり虜になり、5年後には、二人で競技にも出るようになる。
競技会があるというと、二人で旅行気分であちこちに出かけた。


ホテルでの競技会に出たときだった。
ニューヨークにいるはずの外科医の亮輔とロビーでばったり出会った。
子供たちの学校もあり、病院を継ぐので日本に帰ってきたという。
ホテルには学会のパーティーに来ているのだと説明を受けた。


「ひさしぶりだったね」
「ええ、お元気でしたか?」


「ああ、君はなんて美しいんだ」
「この白いダンスドレスのせいね、いえ、主人のおかげかしら」


「それはよかった」


「貴方も、お幸せそうよ」
「ありがとう、女房のおかげかな」


「それは、本当によかったわ」


「さようなら」
「さようなら 元気でね」


その日の競技会では、夫の出来がよく、またフォローをする弘子の調子も良くて、彼女たちは初めて表彰台の一番上にいた。


シャンデリアの輝くフロアーの真ん中で立つ、燕尾服の夫と、真っ白のダンスドレス姿の弘子は、まるで、結婚式の新郎と新婦のように、晴れがましく美しかった。


弘子が結婚式のときに流した偽りの涙は、拍手の中、今は愛する夫が横にいて、歓喜のための一筋の涙に変わっていた。


弘子は亮輔夫婦が遠くからこちらを眺めているのに気がついた。


そして、昔、ウェディングベルのなか、恋人の晴れ姿を悲しく眺めていた亮輔は、
今その懐深い妻の横にいて、恋人だった弘子に、心からの祝福の笑顔を見せていた。


弘子と亮輔は、ほんの少し目を合わせ、お互いに口だけ動かして言った。


お・し・あ・わ・せ・に




写真:TechnophotoTAKAO テクノフォト高尾
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