♪ラストダンスは私に <このページの下のyoutubeでお聴きいただけます>
夏は、離島の田舎に行く。
自然が自慢の観光地ではあるが、昔からすると星の数はずっと少なくなっているし、町中の夕方ラッシュ時には、都会と見まごうほどのCO2の充満だ。アイドリングをするからだが、こうやって自然が破壊されるのだね。
とはいえ自宅の裏山には竹林、正面には小さい湾があり、正面に3重の塔、右には教会の鉄塔、左には質素なお城に、この島と本土をつなぐ大橋も見える。なかなかのロケーションである。
ただ、運転をしない私は「足」など無いも同然で、1週間もするとその美しい景色にも飽きてしまう。郵便局で絵手紙教室をやっているというので参加することにした。
20人ほどの参加者だ。その中に大変仲の良い夫婦がいた。傍目にもほほえましい。
大きな画布にしか描いたことのない私は、小さな絵葉書大のスケッチブックに絵を描くのにかえっててこずった。隣に座っていたその夫婦が、初めて絵を描くとみて、色々コツを教えてくれた。
さて、絵手紙だけでは、まだ時間があまった。
田舎の一日はなんと長いのだろう。
公民館で社交ダンスのサークルがあると聞き、運動になるからと、20年ぶりに踊りに行ってみることにした。
そこにも、あの夫婦がいたのだ。
どうも田舎の人とは違う都会の匂いがした、あちらもそう思ったのか、すぐに近づいてきて仲良くなった。まだこの地に来たばかりだとのことだった。
そのカップルは何年もの間、競技ダンスのパートナーとして頑張ってきた。趣味を別とするお互いの伴侶には気を配り、それぞれの家庭に迷惑のかからないように、支えあってきたのだが、ある時人生のパートナーとしてもお互いが必要なことに気が付いてしまう。
当然のことながら「泥沼の時期」を経て、二人は、初めて忍びの旅行をしたこの地を新天地として、何もかも捨ててやってきたのだった。
ただ、両方の家族から、離婚は許さぬと言われ、同棲生活のままだといっていたが、二人には、その形などどうでもよかったのである。
夏のバカンスを田舎で過ごすようになって3年目だった。
絵手紙教室も3回目だから、時には先生に褒められるようになった。
20年ぶりにはじめたダンスの勘も、少しずつ取り戻していて、その御主人にお手合わせ願っても、何とか踊りについていけるだろうと楽しみに行った夏。
久しぶりに会った御主人はしかしげっそりと痩せていた。
「mirubaさん、癌が見つかりましてね」
「え、それは・・・ずいぶんお痩せになったとは思いましたが・・・」というと、
「いえ、家内なのですよ」
そういえば絵手紙教室に奥様は来ていなかった。
御主人は心労のために痩せたのだ。
末期ガンは、奥様のほうだった。
「家内を家族の元に返したほうがいいのか、悩んでいるのですよ。あいつは、本当は帰りたいのではないだろうか・・そう思っているのです」
次の日のダンスサークルには、風邪を引いた御主人は来ず、奥様が一見元気な様子で現れた。
「mirubaさん、聞いてよ。私、もうだめみたい。いいえ、お医者様も彼も何も言わないけれど、わかるのよ。
彼に悪くてね。
私ね、彼と最後の時を過ごしたいの。
でも・・彼を、あのひとの家族に返してあげた方がいいのではないかとも思うのよ。彼もそれを望んでるのではないかな。
ねぇmirubaさん、悪いけれど、彼にそれとなく尋ねてくださらない?」
知らない土地で、たった二人で支えあってきたというのに、心に芽生えた疑問や本当のことをお互いに言えないでいた。
ーー自分さえいなかったら、人生の最後の時を、元の家族とともに幸せに暮らせたのではないかーー
そうお互いを思いやるがゆえに、むしろ本音で話せない苦悩に陥っているようだった。
それから幾らもせずに、奥様は病院にいた。
お見舞いに行った。
見舞い客は私だけだった。
ついこの前まで元気そうだった奥様だが、今は一回りも小さくなったようにベットの中に埋もれて見えた。
「mirubaさん、あなたに、この人へ聞いてもらってよかったわ。私安心して死ねるもの。」
「何を言っているんだ、僕のことを大切に思ってくれるのなら、いなくならないでおくれ。一人にしないでおくれよ」
「あなた、本当にありがとう。私幸せだったもの、お願い、泣かないで」
御主人が私の存在など忘れたように、奥様の手をとって涙を流した。言葉をかけることなど、出来ようもない。
程なく奥様は御主人に見守られて息を引きとった。
海の見える丘に埋葬された。
二人で暮らしたのは、たったの3年だったという。
葬儀に、家族は誰も来なかった。
御主人は一人の寂しさに耐えられず家族のもとに帰ったと漏れ聞き、なんとなくすっきりとしない思いだったが、数年後その御主人も亡くなり、娘さんが遺骨を奥様と同じお墓に埋葬に来た。
本当のところ、家族を破壊した憎い女性なのだが・・・・
―彼女を遠い地に一人にして置けない、分骨してほしい―
と父親に死の床で頼まれたのだという。
「母には内緒なのです」そう娘さんがつぶやいた。
それとは別に、奥様のお墓には御花が時々供えられていて、終焉のときにも来なかった家族が、手向けているようだ。
良かったじゃない、あなた達の愛は認められ許されたのよ。
たくさんの人を傷つけたろうけれど、あなた達二人の愛は 激しく燃えつきる夕日のように最後に光輝いた。
どうすれば良かったかなんて、誰にもわからないのだもの、
あなた達の愛を貫いて、よかったのだと思うわ。
そう伝えてあげたかった。
写真:TechnophotoTAKAO テクノフォト高尾
Copyright〔c〕2004 TechnoPhoto TAKAO Co.,Ltd.All rights reserved.