Mirubaのワルツィングストーリー

告白 by Miruba

♪うぬぼれワルツ <このページの下のyoutubeでお聴きいただけます>

「三輪さん、帰りに話があるんだけど、遅くなっちゃまずい?」リーダーの立石さんが燕尾服をキャリーバックに仕舞いながら言った。
社交ダンスの競技会はまだ続いていたが、一回戦落ちした私たちは、すでに荷物をまとめ始めていた。
これから今日の悪かった所をホールで確認しあって、アフターで残念会をするのが私たちの恒例になってしまった。


「いえ、主人は出張でいないし、子供も吹奏楽部の練習とかで合宿に行っていますので、大丈夫ですよ。お宅は?」
「女房は実家でお祝い事があって出かけているんですよ」


ダンスホールはまだ早い時間で人が一杯だった。あと1時間もすれば、フリーの人たちはみんな家路に急ぐので、ホールは空く。
そのときを狙って練習するのだ。


久しぶりに2階のテーブル席に陣取って、軽く喉を潤すことにした。
生演奏をする楽団がホール奥の舞台に見え、また踊る人たちの華麗に動くドレスについたスワロフスキーやスパンコールが
ミラーボールの光に輝いて、2階席は飲む席としては最高だった。
踊ることを知らない人たちにもきっと魅惑的な雰囲気が味わえるはずなのに踊る人しか利用しないのはもったいないな、といつも思っている。






「しかし、すっかり一回戦ボーイになっちゃったなぁ」立石さんがゆったりと腰掛けながらつぶやいた。


「すみません。私のフォローがよくなかったでしょう?ぶらさがっちゃったですよね」


「いやいや、三輪さんはちゃんとついてきてくれましたよ。僕が下手だから」


私たちは、お互いをいたわり励ましあって競技ダンスを踊っていた。もう5年になる。
私は二人目のリーダー、立石さんは私が3人目のパートナーだということだった。


ダンスの相手を見つけるのは、恋人を探すより難しいと言われているので、私たちは運がよかったといえるだろう。
お互いの家庭に支障のないように気を使い、私たちは趣味を共有する仲間だった。




「最初の頃は、下位の競技会だったから、三輪さんにもトロフィーや盾をプレゼントに持っていってもらえたけれどね」


「立石さんのおかげですよ。トロフィーをもって帰るので、息子なんかダンスやろうかな、なんて言っていたんですけどね。
結局友達に誘われて吹奏楽へいっちゃいましたけど」


「あの頃は本当に楽しかったですよね。踊れば踊るほど結果がついてきたものね。良い想い出にしてもらえたかな?」


「何言ってるんですか。また頑張りましょうよ。リベンジ、リベンジ!」


「三輪さん、お話というのはそのことなんですけどね。僕、競技を引退しようと思うんですよ」


「え!そんな。私ではもうだめですか?」


「冗談じゃない、勿論三輪さんのせいじゃないんです。僕のパートナーは三輪さんが最後だと思って踊らせて頂いていました。」


「じゃあ、もっと踊りたいです」


「はぁ、お気持ちは嬉しいんですが、ちょっと地方に行くことになりましてね、残念ですが」


「それなら遠距離のカップルでやってる人いますから、私たちもできますよ、続けましょうよ」


私はねばったが、立石さんの態度から、もう決めてしまったのだろうと感じ取っていた。


「ん~、そうですか。がっかりだわ」


私は、心底ガッカリしていた。
だが意外に頑固な所のある立石さんにこれ以上言っても無駄なことはわかっていた。それなら最後のダンスだ、楽しく踊りたい。


「すみません、残念会がお別れ会になっちゃいましたね。三輪さん、今日はラストまで踊ってください」
立石さんは、申し訳なさそうに言って、私の手を取った。




大勢の人の踊る輪舞の中、競技を忘れて、パーティーダンスに興じる。
ジルバでは立石さんが何回も私を回転させるので、面白くて仕方がない。
私たちはいつも以上に二人のダンスを楽しんだ。
ダンスホールが終るころには、贅沢なことに大人数の楽団の生演奏を独占して数組のカップルが踊っているだけだった。


私たちは、競技会のようにステップを踏み、デモをやったときのルーティンを思い出しながら、そして思い出せずに笑い転げながら、
最後、哀愁を帯びたラストワルツの切ない曲が流れるまで踊りつづけた。






半年が経っていた。
私はいまだに新しいリーダーを見つけられずにいた。
お見合いをしても、立石さん以上に踊りの肌の会う人がいなかった。
教室でレッスンしてもなんだかつまらないので、久しぶりにフリーのパーティーへ行った。


「あら、三輪さん久しぶりね」
私は、同じ教室の先輩に声をかけられた。同じ教室に通っていてもなかなか顔は合わさない。
先輩はパーティーの主催をしていたので、立石さんとも知り合いだった。
「三輪さんの前のリーダーさんから、あなたへって預かっているものがあるのよ。
あなたがパーティーに来たときで良いって彼が言ってたのでね、今日になったけど、
預かったのがもう2ヶ月くらい前なのよ、ごめんね」


私は先輩に礼を言って、その包みを受け取った。DVDだった。
競技会の時のだろうか?
私たちは時々自分達の踊りを確認する為にビデオを撮ってもらうことがあったのだ。
お別れの後、最初の頃はメールの返事をくれた立石さんだったが、
最近は全く返事が来なくなっていたので、すっかりダンスは忘れちゃったのかなと思っていた。




自宅に戻ってからDVDをセットした。
昨日息子が食べたいというので焼いたチーズケーキを皿にとり、マリアージュフレールの紅茶をいれる。
掃除などが終って午後のひと時、こうやってソファーに座り、社交ダンスのTOPアスリートのダンスを見たり、
時々自分達の稚拙な踊りの撮影DVDを、冷や汗というか脂汗を流しながら鑑賞するのが私の癒しと勉強のひとつだった。


紅茶が美味しい。


DVDから立石さんの声が聞こえた。カップを持つ手が止まった。


「三輪さん、お元気ですか?
突然のカップル解消宣言を、快くご承諾くださって、ありがとうございました。


あなたとは、本当に楽しいダンスを踊らせて頂きました。
頑固な踊りの僕についてきてくださって感謝しています。


このテープがつく頃、僕はたぶんこの世にいません。
悪性の腫瘍が見つかりました。
父も祖父も同じ病気だったので、もうだめだとわかっているのです。
本当は人生ぎりぎりまでダンスを踊りたかったのですが。
最後くらいは女房のことだけ考えてやりたくて、決断しました。


あの・・こんなこというと三輪さん笑っちゃうかな、それとも怒るかな。


僕は三輪さんのことが好きでした。
なんど「好きです」と喉まで出かかったか判りません。


三輪さんは、僕のこと、少し、ほんの少しだけでも好きでいてくださっただろうか?
ほんというとね、その返事も聞きたかったんだ。


ですが、僕たちはダンスの同志ですよね。
恋愛よりも、もっと高い所を目指していました。


だから、このテープを本来なら残してはいけないんですが、
未練ですかね、最後にどうしても僕はあなたに告白しないと死に切れないと思いました。


三輪さん、今までありがとう。
好きだったよ。
来世でも、きっと僕のダンスパートナーになってくださいね。


ご家族を大切に、どうかお幸せに。


大好きだった三輪さん、さようなら。」




私は、紅茶のカップを取り落としていた。
涙が後から後から頬を伝う。


DVDの映像は、練習風景の後、あの最後のホールでの楽しかった二人が写っていた。
人が少なくなってから、誰かにとってほしいと頼んでいたのだろう。




私は、映像に語りかけた。




「立石さん、ずるい。あなただけ告白して。
私も、あなたが、ずっと好きでした」




ラストダンスを見ながら私はいつまでも泣き続けた。


<了>